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159.太っ腹な報酬

 屋敷を後にしたセナたちは、リカッパルーナの冒険者組合で達成報告書を提出した。

 泉の精霊――ナーイアスはセナと契約したことで姿を保てるようになり、鮮明な姿でふよふよと浮きながらついてきている。職員が二度見どころか三度見四度見する勢いで驚いていたが、セナは気にせず報酬を催促した。


「此の知る貨幣とは随分と違いますね」

「そうなの?」

「此のいた泉は色んな人が訪れていたのですよ。その時にお金を投げ入れてくるので、正直邪魔だなとは思っていましたが、無碍にするのも可哀想なので全部〝勇者〟にあげていました」


 彼女は精霊で、しかもアグレイアの時代より更に大昔から存在しているため、意外と知識が豊富だ。

 泉を守護する精霊だったため偏りはあるが、何千年――あるいは一万年以上――と存在していただけある。


 ちなみにだが、古代アグレイアが興ったのが大凡四〇〇〇年前であり、滅亡したのが二〇〇〇年前のことだ。神話の時代はそれより更に数千年ほど遡る。

 エルドヴァルツ帝国が成立したのはたった七〇〇年前だ。賢愚の民の寿命が八〇年程度なのを考慮しても、あまりに歴史が長い。


「此の知る貨幣はこれよりずっと歪な形だったので、取引に不都合だったのでしょう」

「そうなんだ。使いづらそうだね」

「はい、〝勇者〟も愚痴を零していましたよ。財布が膨らんで面倒臭いと」


 かつての〝勇者〟がどのような人物だったのか分からないが、少なくとも人間らしさはあったようだ。

 相対する存在が邪神の尖兵や眷属なので物語のような勇者像をイメージしていたセナだが、思っていたより人間らしいと述べる。


「ふふっ、そうですね。歴代の〝勇者〟もみな、今の時代の人間とあまり変わりませんよ。ただ、使命を帯びて生まれただけで」


 懐かしむようにナーイアスは語った。

 数千年前の出来事とはいえ、今でもきちんと覚えているということは、彼女にとって〝勇者〟という存在が特別であった証拠だ。


 さて、エリオ辺境伯の依頼を完了させた報酬は金銭の他に二つほどある。

 一つはスクロール。もう一つは布で包まれた細長い物品だ。


 スクロールは【キャスター】系スキルが無くても魔法が使えるアイテムで、これには〈ゲート〉という魔法が刻まれている。指定した場所へ転移できる扉を作成する魔法だ。

 使い捨てなので【ルミナストリアの羽根】の下位互換のようなアイテムだが、こちらはこちらで使いようがある。ちなみにオークションだと最低でも億を超える値が付けられる。


「使うとしたら羽根が使えない時かな」

「これは往来が可能な魔法ですね。此でも生身で修得した人間を見たことはありません」

「そんなに珍しいの?」

「はい。転移は〝世界を繋げし無限にして創世の神〟の領分ですから、自然と修得難易度も高くなるのですよ」


 そうなんだ、とあまりピンとこない様子のセナ。だって魔法使わないし。魔法の修得難易度なんて分からないし。

 とはいえ、これが貴重な品だということは理解できるので、軽率に使わないようにしようと決めた。


 もう一つの方は、包みを解いてみると二本の矢が出てきた。一本は雷をそのまま固めたような『轟雷の矢』で、一本は鏃が二股になっている『音叉の矢』だ。

 どちらも魔法の矢であり、相当な魔力が込められているのが分かる。セナは『始原魔法の矢筒』に入れて登録した。


「おや……主様のそれはマジックアイテムなのですね。それも、此が見たことの無い魔法で作られています」

「アグレイアの時代に作られたんだって」


 雑談しながらセナたちは街の外に出る。

 ナーイアスのレベリングと、ついでに今しがた手に入れた魔法の矢の効果を確かめるためだ。

 今のセナはレベル112で、装備もかなり強い。『病騎士の証』によって状態異常への耐性も少しだが上昇しているので、以前のように部位欠損が発生することも無いだろう。


「ナーイアスさんの得意なことって、回復でいいんだよね?」

「ええ、此は泉の精霊ですから。傷を癒し、病を治す力がありました。……泉が枯れるまで、ですけど」


 味方のHPを回復できるヒーラーは貴重である。

 これまでは戦闘中に負傷してもポーションを取り出さなければならなかった。だが、ナーイアスのレベルが上がれば攻撃の手を緩めずに回復することが可能になる。


「まずは『轟雷の矢』から……」


 MPを消費して先ほど登録した矢を取り出す。

 本当に矢として使えるのか疑問に思う形状だが、弓に番えてみると意外と使えそうな手応えを感じた。


「マスター、捕まえてきたよ」

「えい」


 レギオンがそこら辺のモンスターを捕まえて、そこに番えた『轟雷の矢』を放つ。こうしている間にも次々とモンスターを捉えてきているので、獲物には困らない。

 セナが矢から指を離すと、『轟雷の矢』は文字通り雷に変じて不規則な軌道を描いて対象へ突き刺さる。


 矢は突き刺さると同時に爆発的なエネルギーを生じさせ、四方八方に雷を飛び散らせながら対象を焼き尽くした。

 雑魚とはいえ、それなりにレベルが高いはずのモンスターが一瞬でお陀仏だ。


「高火力の範囲攻撃だね」

「……主様、此の近くでは使わないでくださいね。此は雷が苦手ですので」

「あ、うん。そうするね」


 ナーイアスは泉の精霊だけあって雷は苦手らしい。純水は電気を通さないと聞いたことがあるが、きっと属性的なやつが関係しているのだろう。


「ところで、数体斃したけどどんな感じ?」

「そうですね……ほんの少しですけど、活力が戻ってきた感覚はあります。今でいうレベル100になれば、全盛期の一割ぐらいには届くとは思います」

「……? ナーイアスってレベルのこと知らないの?」

「少なくとも、此の泉があるときは聞いた覚えがありません。きっと、最近生まれた概念なのでしょうね」


 彼女の最近がいったい何百年前を指しているのか分からないが、ナーイアスのような精霊にとってレベルはあまり馴染みの無い概念みたいだ。

 大地の精霊や焔の始祖も、一箇所に留まり続けるような精霊だったため、もしかしたら精霊の力の源はレベルじゃないのかもしれない。

 セナはそう朧気に思った。


「(レベル100で一割程度……精霊って凄く強いんだ)」


 同時に、精霊の恐ろしさを認識した。

 泉に宿る精霊ですら、およそレベル1000の力を持っていたのだ。もっと攻撃的な、それこそ炎とか雷とかを司る精霊はもっと強いのだろう。

 絶対に敵に回してはいけない存在だ。

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