さて、色々あったが【ルミナストリアの羽根】のクールタイムが明けた。
契約書もきちんと受け取ったのでセナは早速、胸元にバッジを取り付けることにした。メルジーナやロンディニウム卿もバッジを見える位置に付けていたのでそれに倣ったのだ。
それから選定の剣について報告するためリカッパルーナに転移するセナ。
転移先は街の外側で、やはり入り口に近い場所だった。街に入り、エリオ辺境伯の屋敷へと向かう。
門番に用件を伝えると待つように言われた。
「お待たせしました。ご案内致します」
しばらくしてリリエラがやって来た。屋敷の敷地内だからか以前と同じメイド姿の彼女に案内され、セナはエリオ辺境伯と再会する。
「久しぶりだね。思っていたより早かったけど、情報は集まったと考えていいのかな?」
以前回収した剣の残骸を修復しつつ、研究もしているのだろう。案内された部屋は応接室でも書斎でもなかった。
中央の台には剣の残骸が丁寧に並べられ、壁や机の上に資料と思われる本や金属が散らばっている。
「ローグドリーの火山の奥にいる精霊に教えてもらいました」
「あそこか。たしか、あの火山の奥地には精霊を祀る遺跡があると噂で聞いたことがあるけど、本当に実在していたんだね」
どうやら炎霊祭祀場のことは噂でしか知らなかったようだ。
あそこは
「こちらの研究もそこそこ進んだけど、やはり確証を得るのが難しくてね。今は休んでもらっている学者には無理をさせてしまった」
「そうなんですか?」
「うん。朽ち果てていてもまだ一部の機能が残っていたらしくてね」
そう言って袖を捲ったエリオ辺境伯の腕には、火傷のような奇妙な傷跡が残っていた。
休んでいる専門家はもっと酷い怪我を負ったのだろうか。
「恐らく、歴代の勇者の誰かが掛けた魔法なのだろう。解析するような行為をした者を自動で攻撃するようだ。とはいえ、それも剣自体がボロボロになってしまったから十全に働いていないようだけどね」
「魔法ってそんなに持続するんですか?」
「普通はしない。だからこの魔法の解析もしているんだ」
どうやら剣だけでなく所持者の掛けた魔法すら失伝しまっているらしい。
セナは魔法を使わないのでよく知らないが、魔法はアーツによく似ていながら、明確に違う技術とされている。
だのにアーツの中には魔法を補助するものもあったりと、ややこしいことこの上ない。
「ところで、皇帝陛下に訊いたりしないんですか? 色々知っていそうですけど……」
セナは思った。あのヴィルヘルミナならこれのことも知っているんじゃないか。魔法使いだし、大昔から生きてるから勇者とも面識があるのではないかと。
「皇帝陛下も知らないから研究を任されているんだよ」
質問の答えは単純だった。
知らないから研究を任せた。
確かにそうだ。知っているのならわざわざ任せたりせず、その情報を共有しているはずなのだから。
「さて、そろそろ精霊から聞いた話を教えてもらってもいいかな?」
「あ、はい。ちょっと待ってください」
セナはシステムからメモ機能を呼び出し、予めメモしていた内容を伝える。
サルサット高原で大地の精霊から訊いたことと、炎霊祭祀場にて焔の始祖から伝えられたこと。それらを忘れないようメモしていたのだ。
「――そうか、そういう経緯が」
内容を伝えられたエリオ辺境伯は難しい顔をして考え込む。
選定の剣の由来を聞けば誰だってこうなるだろう。まさかそんな、呪いと怨嗟の果てに生み出された武器とは思わないはずなのだから。
「…………つまり、この剣を再現することは不可能なんだね」
「そういうことだと思います。精霊たちに打ち直しを頼むのもやめろと言われたので」
「一部の機能だけでもと思ったけど、話を聞く限りではそれも難しそうだ」
要約した内容を纏めたメモを壁に貼り、エリオ辺境伯は名残惜しそうに剣の残骸を眺める。
「ただ、無意味に終わったわけじゃない。少なくとも、アプローチの方向性は定まったんだからね」
「……?」
「〝魔王〟が滅びない存在だというのなら、神々の権能に頼るべきということだよ。精霊の力で無理だったのなら、人間がどうこうできる問題じゃない」
笑みを浮かべ彼は語る。
「ならば、武器ではなく依代として……それこそ神威のようなものを目指すべきだろう。或いは、教会にあるクリスタルに似た性質を付与するか、だね」
失敗に終わった歴史があるのなら、そこから学べばいいと彼は云う。そして、新たな解決策は試行錯誤の果てに生まれるのだと。
「ありがとう。君が精霊から情報を集めてくれたお陰で一歩……いや数歩前進したよ。達成報酬は組合に預けてあるから、これを提出するといい」
セナはエリオ辺境伯のサインが書かれた達成報告書を渡された。
それと同時に、ユニーククエストが完了したアナウンスも流れる。
《――ユニーククエスト:選定の剣を調査せよをクリアしました》
《――ユニーククエスト:選定の剣は何処へがAルートでクリアされました》
進めたつもりの無い方までクリアしたとアナウンスが流れ、首を傾げるセナ。しかし、これまた予想外の存在が姿を現す。
「――もう、剣は無いのですね……」
「泉の精霊……」
半透明の彼女は、悲しそうな面持ちで漂っている。視線の先には朽ち果てた剣の残骸があり、彼女に課せられていた使命を思えばその気持ちは窺い知れない。
「精霊よ、貴女が守護してきた剣はこの通り、修復も打ち直しも出来ません。ですが、帝国貴族を代表して僕は貴女に宣言しましょう。いずれ必ず、〝魔王〟に届き得る刃を完成させると」
真剣な様子で、エリオ辺境伯は覚悟の篭もった言葉を口にした。
この場にはセナたちと精霊しかいないが、帝国貴族を代表すると口にした以上後戻りは出来ない。撤回すれば彼どころか末代にまで残る恥となるだろう。
それを泉の精霊に宣言したということは、絶対にやり遂げる覚悟があるということだ。
「ありがとう、人の子よ……ですが、此はもう、疲れました……。此がそれを見届けることは、出来ません。もうじき、消え果てるでしょう……」
ふるふると首を振り、彼女は自分がもう存在できないと語る。
自らの存在意義を選定の剣の守護と定めてしまった彼女は、剣が失われると同時に狂い、今ではこうして姿を見せることすら難しいのだ。
《――ユニーククエスト:選定の剣は何処へがクリアされているため、契約が可能です》
すると、セナの耳にアナウンスが届く。
エリオ辺境伯が以前テイムを試みた際、手応えすら無かったと言っていたが、まさか可能になったのか。
「あの、もし誰かと契約したら、どうなるんですか?」
「それは、でも、そうしたら……」
「契約、そうかその手があったか」
元来、精霊とは契約を通して力を借りる存在だ。その契約の形は様々で、焔の始祖のように供物を捧げることで力を借りることの出来る精霊もいれば、魔法で召喚し共に戦うことの出来る精霊もいる。
「此に残された力なんて、ほんの少しだけ、ですよ。契約しても、契約者にメリットが……」
精霊はそう言って断ろうとする。
しかし、セナはプレイヤーで、冒険者だ。強さを求め旅をする存在であり、使徒を目指すにはより多くの経験値を稼がなければならない。
共に戦えば経験値の分配によって精霊も力を取り戻せるだろう。
それに、いくら加護や神威が強力でも、それは手札が少なくていいということにはならない。
尖兵ですらあれだけ強大なのだ。眷属ともなれば数倍は覚悟しておいたほうがいいだろう。またもや疫病が通じない可能性だってある。
ならば手札を増やして損は無い。むしろ、先行投資とすら言える。
セナは泉の精霊に頑張って仲間になって欲しいと伝えた。
レギオンもセナといることのメリットを力説し始め、精霊は徐々に距離を詰め始める。
「本当に、弱いですよ……?」
「ら~ら~♪」
ラーネが「自分も弱かったけどこんなに強くなったよ!」と言わんばかりに声を掛ける。セナには何を言っているのか分からないが、精霊はこれが決定打となったのだろう。
彼女はセナの手をとり、自身の胸に当てる。
「そこまで、言うのなら……。此は貴女と契約し、その旅を支えましょう」
「……《テイム》」
《――泉の精霊をテイムしました》
《――従魔に泉の精霊が加わりました》
従魔契約を交わし、泉の精霊はセナの仲間になった。
モンスターを仲間にする時とは違い、《テイム》を精霊に使用した場合は特殊な従魔契約となる。これは精霊側が契約を切ることが可能であり、場合によっては離反する可能性もあるのだ。
「あ、勝手に話を進めてごめんなさい」
「構わないよ。それに、僕と契約するよりも、君と一緒に旅をするほうが彼女のためになるだろうしね。ずっと同じ場所に留まるより、旅をした方が新鮮な気分になれるだろう?」
同じ従魔師ということでエリオ辺境伯も契約は可能だったはずだが、彼女の境遇に同情したのだろう。彼はセナと精霊の契約を笑って許した。
契約によって存在が担保された泉の精霊も笑みを浮かべ、先ほどより鮮明な姿でふわふわと浮かんでいる。
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従魔:
『ジャッカロープ』レベル87
『ヴォーパルキラー』レベル84
『ギガントセンチピード』レベル74
【孤群のレギオン】レベル97
『ラーネ』レベル81
『泉の精霊ナーイアス』レベル1
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