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157.騎士の称号

 先導できてないルゥルイを無視して城にやってきたセナは、門番をしている人に皇帝に呼ばれたと伝えて登城する。

 結局ルゥルイはセナを先導するという目的を覚えているのだろうか。


「――ルゥルイのやつめ、また途中で忘れたな」


 セナは応接室に案内される。そしてその部屋では、すでに皇帝ヴィルヘルミナがソファに身を委ねて待機しており、優雅に尻尾の手入れをしていた。


「あの人なんなんですか……?」

「〝揺らぎ漂う白痴にして記憶の神〟の信徒だ。貴様なら分かるだろう」

「それって……」


 さらっと伝えられた言葉にセナは動揺する。

 〝揺らぎ漂う白痴にして記憶の神〟は混沌陣営に属する神だが、その一切が不明のまま名前だけが一人歩きしている神なのだ。存在しているかどうかすら曖昧な神の信徒と言われて、あの不気味で恐ろしい女の雰囲気に得心がいく。


「全く、何処を彷徨っておるのやら……。まあ、彼奴のことはよい。貴様に用があって呼んだのだからな。座れ」


 言われたとおり体面のソファに腰を下ろす。両隣にレギオンが密着して座るが、慣れたものだ。

 ヴィルヘルミナは手を上げて、控えていた執事を呼び寄せる。


「あの夢か現か定かではない空間で、余は貴様の力を感じ取った。神威を修得したな?」

「……分かるんですか」

「ああ、分かるとも。貴様のそれは特に強烈だったからな」


 彼女は執事の持っていたトレーからバッジを取り上げると、弄ぶように指でくるくると回転させた。

 それは暗い紫色の宝石が嵌められた金細工のバッジであり、宝石の中には〝猛威を振るう疫病にして薬毒の神〟の紋様が浮かんでいる。どう考えてもセナのために特注したとしか思えない代物だ。


「疫病、すなわち死の気配。さすがは三魔神と言うべきか、それとも貴様が特別愛されていると言うべきか、並大抵の神威とは比較にならぬ濃度の気配だったぞ? そこの従魔からも、色濃い女神の気配を感じるしな」


 尻尾を揺らめかせ、ヴィルヘルミナは問う。


「故に、余は貴様に騎士の位を授けることにしたのだ。使徒どころか人としてまだまだ未熟だが、それでも最低ラインは越えてきた。特別待遇で迎え入れる準備はしておるぞ?」


 これは勧誘だ。セナという来訪者を帝国が抱え込むための勧誘だ。

 三魔神の一柱から寵愛を受け、強力な神威を持ち、その従魔すら特別な存在。手持ちの戦力に加えたがるのは必然と言える。


「あの……わたしは、魔大陸とか色々行く場所があるんですけど」

「知っている。だから特別待遇だと言っているだろう」


 ぴしっ! と尻尾を突き付け、ヴィルヘルミナは寛大な条件を告げる。


「一つ、帝国は貴様を束縛せぬ。自由に旅をするがよい」

「一つ、帝国は貴様の身分を保障するものとする。旅先で不当な扱いを受けたのなら帝国が全力で報復すると約束しよう」

「一つ、帝国は貴様の過去を不問とし、その宣教活動を支援するものとする。フォローは全て任せるがよい」

「一つ、帝国は他国との戦争時に騎士を召集するが、貴様は自由に拒否できるものとする。無論、手を貸してくれるというのなら、戦果に見合った報酬を出すと約束する」

「一つ、帝国は騎士に極秘任務を出すことがあるが、受けるかどうかは貴様の意思を尊重するものとする。またいかなる任務であろうと強制力は生じないと明言する」

「そして、これらの条件は文書にしたうえで二つ作成し、双方が管理するものとする」


 合計で五つ、特別待遇にしてもやり過ぎなぐらいセナに有利な条件だ。

 要約すると、帝国はセナの身分を保障するし宣教活動の支援もするけど、見返りは何も求めないよ! ということになる。


 あからさますぎて詐欺を疑うレベルだが、目の前の皇帝はそんなことしないとセナは理解している。

 その気ならとっくに外堀を埋めていただろうからだ。


「ただ、騎士の位を受け取るのなら、後日開催する式に参加してもらいたい。帝国騎士のお披露目を兼ねるのでな」

「それは……都合がよければでいいなら、はい」

「決まりだな。では今からこれは貴様のものだ。自由に使うとよい」


 騎士のバッジを投げ渡され、セナはそれを受け取る。


「ではやまい騎士セナよ、使徒を目指し邁進せよ。それが余の望みである」


 最後にそれだけ言ってヴィルヘルミナは退室した。

 一方的にあれこれ告げられ決まったことだが、セナはこの日、エルドヴァルツ帝国の騎士の位を入手した。


「マスター、結局どういうこと?」

「うーん……この国がわたしたちの味方になったってことかな」


 ヴィルヘルミナは恐らく、他国での宣教活動も支援するつもりなのだろう。でなければ、わざわざ過去を不問にするとは言わないはずだ。

 遠回しにドゥマイプシロンでの事故に触れたということは、敵国でそういった行為をしてもいいと解釈できる。


 急に決まった感じがして釈然としないが、何かデメリットが生じるわけでもなし。

 というか、この騎士のバッジ自体が装飾品としてとても優れた性能なので、今となっては断る選択肢のほうがありえないと思うぐらいだ。


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『病騎士の証』

 エルドヴァルツ帝国がセナのために用意したバッジであり、ごく少数しか名乗ることを許されない騎士である証である。

 エルドヴァルツ帝国内での活動に一切の制限が掛からなくなり、友好国及び中立国へ自由に渡国できるようになる。


装備スキル:【双方向通信】【状態異常耐性】


※MPを消費することで騎士同士での通信が可能。ただし消費するMP量は通信距離に比例する。

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