帝都に戻ってきて三日目。奮発してレギオンにご褒美をあげた後、セナは図書館に篭もって読書したり、工房を借りてひたすらアイテムを製作していた。普通なら隙間時間でこつこつすることなのだが、ログアウトする必要の無いセナだと一日もあれば完全にやりきれてしまう。
つまるところ、【ルミナストリアの羽根】のクールタイムが明けるまでの数時間のあいだ暇なのだ。
なのでセナは、暇つぶしを兼ねて帝都を散策していた。
「(本格的な生産をするなら拠点が欲しいけど……行ったり来たりするのに時間かかるしなぁ)」
賃貸の工房ではどうしても加工出来ない素材があるせいでそんな欲も出始めたが、今のところ一箇所に留まる予定は無い。
セナはぶらぶらと、気兼ねなく、本当に気の赴くままに散策していた。そうしてふと辺りを見渡すと、建設中の建造物が視界に入る。
「あぁ、あの時の。ちゃんと作ってくれてるんだ」
それは皇帝ヴィルヘルミナからの――いや、アグレイア七賢人『呑喰のディアナ』からの褒美だ。セナが信仰する〝猛威を振るう疫病にして薬毒の神〟のためだけの教会。数多の神々の内ただ一柱のために建設されている教会だ。
「おおー……」
近くまで行くと圧巻の一言に尽きる。
言い方は悪いが、たった一柱の神のためだけに建てられたにしてはやけに荘厳なのだ。外観はほぼ完成していると言っても過言ではなく、柱の間に立ち並ぶ彫像は〝猛威を振るう疫病にして薬毒の神〟の数少ない善良なエピソードになぞらえているようである。
其は病と毒を司る神である。疫病と毒を以て人々を脅かしながら、しかし死の淵に在りながら生きる気力を失わない者には祝福を授ける。
死を恐れよ。病を恐れよ。毒を恐れよ。しかし、覚えておけ。其は弱き者を殺す災厄だが、邪悪なる強者を挫く希望でもあると。
そんな一説を思い出し、セナはうずうずと何かやりたい気分に溢れてきた。が、工事をしていた職人に止められる。
「嬢ちゃん、ここは工事中なんだ。部外者は入っちゃいけねぇ」
「あの、お手伝いしたいです」
「気持ちは嬉しいが、俺らは皇帝陛下の指示で動いてるからなぁ……。さ、帰った帰った」
完成間近とはいえ、それでもここは工事中の建物だ。万が一の事故が起きて〝暗き死にして冥府の神〟の指先に触れてしまってはいけないと、大工職人たちは部外者の立ち入りを許さない。
「――おやぁ、見知らぬ顔がいるねぇ?」
「ルゥルイ様……!?」
すぅ……っと音も無く現れた人物に、セナは思わず武器を構えそうになる。
しかし、その手はいつの間にか止められており、冷たい感触が握られた腕から伝わってくる。
「ふふ、怖い怖い……。僕は悪い人じゃあないよぉ?」
レギオンに睨まれると、彼女は嘲るようにお手上げのポーズを取った。
「君、ルゥルイ様を知らないのか……!?」
「今初めて知りましたけど……誰ですかこの人」
大工の一人がまさかと言いたげな顔で口を開くが、その前にルゥルイが自己紹介をする。
……セナの背後で。
「(いつの間に……っ)」
「僕は、ルゥルイ。ヴォイド・ルニェ゠ルゥルイ。陛下からはぁ、
ぞっとするような声色で、彼女は続ける。
「僕は忘れっぽくてねぇ。忘れすぎて僕のことも忘れちゃうんだぁ?」
幽霊のようにセナの体をすり抜けて、ルゥルイはおかしな方向に体を曲げた。
まるで死んでいるような立ち居振る舞いだが、ジジに鍛えられた勘が目の前の相手の存在を証明している。
「(たぶん、神威だよね……。じゃなかったらモンスターってことになるし)」
セナの予想は正しい。だが、その詳細までは分からない。彼女自身が忘れすぎて自分のことも忘れてしまうと述べたので、そこに理由がありそうだが。
「あそうだ思い出したねぇ? 陛下から君を呼ぶように言われたんだったぁ? そうだよねぇ? うん、そうだそうに違いないよきっとぉ。ふふふ……」
不気味を通り越して恐怖すら覚えるが、ヴィルヘルミナからの呼び出しとあらば無視するわけにはいかない。
「皇帝陛下が、この少女を……?」
「ふふ、この子はねぇ、強いよぉ? だって――僕が忘れていた持病を思い出しちゃうぐらい、疫病の神の祝福に溢れてる」
「疫病の、神……まさか! セナ様ですか!?」
ここでセナの名前に気付き、慌て始める職人たち。
彼らは皇帝から〝猛威を振るう疫病にして薬毒の神〟の教会を建設するようにと指示された時に、セナという来訪者のためという目的も教えられていたのだ。
それなのに、未完成とはいえ彼女のための教会なのに、部外者だと思い込んで追い出そうとしてしまった。
「セナ様とはつゆ知らず、申し訳ございません!」
「え、あの、謝られても困るというか……」
「じゃ行くよぉ?」
ちょっとカオスになり始めてきたが、ルゥルイはマイペースに歩き始める。すぅぅ……と、地面を滑るように。
先導しているつもりなのだろうが、建物の壁をすり抜けるせいで全く先導できていない。なのでセナは仕方なく、最短距離で城に向かった。