自らをガラテアと名乗った【邪神の眷属】は、彫像の後ろで地面に鑿を突き立てている。ガッ! ガッ! と何度も突き刺すたびに著しく地面が変化した。
さて、タワーシールドを持つ彫像が護衛に残り、他の二体が距離をとって詰め寄ってきている。岩にしては俊敏な動きで接近してくるが、材質がなんであろうと《クルーエルハンティング》に斬れないモノは無い。
大剣の振り下ろしに短剣を合わせ、セナはその武器を中程から断ち切った。二度、三度と振るえば腕や胴もバラバラに崩れ去る。これで一体目は無力化できた。
弓を持つ二体目は、緩急をつけながらジグザグに動いて接近すれば問題無い。歩法も組み合わせれば余計に予測不可能な動きとなるので、遠距離から狙い撃つなんてジジ並みの使い手でなければ無理だろう。
「クソッ、役立たずが!」
一〇秒も持たなかった二体の彫像に毒づき、ガラテアは彫刻していた物体に右腕の切断面を近づける。
「あああ美しくない……! これも貴様のせいだ原生種!」
それは岩で作られた不格好な義手だった。
あまりにも不釣り合いなゴツゴツとした義手を右腕とし、ガラテアは般若のような形相で新たな道具を出現させる。
「《|彫像王の石頭《ハンマー・オブ・ピグマリオン》》!」
それは片手で持てるサイズの石頭で、多少の装飾はあれど実用品であることが窺える。ガラテアが地面に突き立てた鑿にその石頭を振り下ろすと、その一撃で広範囲の地面がバラバラに砕け散った。
AOEが見えていたセナは跳躍して範囲外に逃れたが、ただ地面を砕いたわけではないのは明白だ。
「(まずは邪魔な護衛を斃してから……)」
《ステルスハント》で透明状態に移行してから、セナは最後の彫像の首を刎ねる。
ここまで接近すればガラテアも射程圏内だ。返す刀で攻撃を仕掛けるが、それより早くガラテアが動く。
「目覚めろ死竜! ワタシに傷を負わせた貴様に屈辱を与えてやる!」
砕けた地面の中から竜の腕が伸びる。セナの短剣では断ち切れない大きさで、ガラテアを護るように姿を現した。
ガラテアに死竜と呼ばれた彫像は、まるで骨格標本のような様相ではあるが、頭部や腹部などをみれば標本ではなく元々そのような姿だったのだと推察できる。
「《イミテーション:グレーター・アシッドオーラ》《イミテーション:聖騎士の加護》《イミテーション:マナシールド》《イミテーション:サモン・テンス》!」
それに物理に強い酸属性のオーラ、被ダメージ減少及び耐性強化のバフ、ダメージ吸収の盾を与え、更にレベル100台のモンスターを召喚した。全て《イミテーション》による模倣だが、先ほどの《プレイグスプレッド》のように、効果は何一つ劣化していないのだろう。
「さあ、ワタシの敵を葬れ!」
ドラゴンの彫像が引っ掻くように腕を振るう。ただでさえ大きな体躯を持つというのに、材料が岩石なせいでとんでもない質量となっている。
硬い地面を容易く砕き、体勢を崩しかねない風圧が発生した。
これの相手をしていたらガラテアが手下を増やしかねないと判断し、セナはその彫像の足下を縫うように駆け抜ける。
テイマーやサモナーが使役するモンスターは、支配者が斃されれば同時に消える。従魔の場合は専用の空間に、召喚されていた場合は元の場所に送還されるのだ。
「《ボムズアロー・フェイタリティ》!」
「無駄なことだ!」
ガラテアの足下にアーツを放ち、鑿が地面に突き立てられるのを防ぐ。だが、ドラゴンが尾を伸ばしたことで、セナのすぐ近くで爆発が起きてしまう。
咄嗟に身を捻って躱したものの、ガラテアに鑿を突き立てる時間を与えてしまった。
「さあ起きろ! ワタシのために働け――〝勇者〟!」
次に作成された彫像は人間の姿をしていた。軽鎧を装備した好青年で、その腰には一振りの剣を提げていた。
そしてその彫像は、ゆったりと柄に手を伸ばし……背後のガラテアに攻撃を加えた。
「……は?」
「(自傷……じゃないよね。困惑してるみたいだし)」
一瞬の出来事だった。セナには抜剣した瞬間が見えなかったし、気付いた時にはすでに振り抜かれた後だったのだから。
それはガラテアも同様だったようで、理解できないと言いたげな顔でたたらを踏んだ。遅れて、義手が斬られたことに気付いて落下する。
「……ありえない。ほんの、ほんの少しの魂しか使っていないのに……クソがッ!!!」
怒り狂ったガラテアが鑿を振るうが、〝勇者〟の彫像は俊敏な動きでセナのすぐ近くまで後退した。その身には傷一つ無く、岩で出来た体だというのに生きているのかと錯覚するほど生気に溢れている。
「――よく分からないけど、僕は君の味方をすればいいのかな?」
ガラテアを攻撃したことにも驚いたが、今度は理性的な言葉を発した。驚きすぎて言葉が出てこないが、戦闘はまだ終わっていない。
ドラゴンの彫像が二人を殺さんと口を開き、死を彷彿とさせる黒紫色のブレスを放ったのだ。
「あれ、竜の王がなんでこんなところに……まあいいや」
が、ブレスごと死竜は断ち切られ、ただの岩として崩れ去る。
「……うーん、トドメは刺したはずなんだけどね。でも、僕がこうして立っているのが、君が【
「ふざ、ふざけるな! ワタシは自由なんて与えていない! 貴様の魂を使ったのは屈辱を与えるためで、貴様に自由意志なんて無いはずなんだ! なのに、それなのに、ほんの少しの魂だけでワタシの支配を逃れるなんて……ッ!」
「べつに、逃れてなんていないよ。現に僕の体は、今もそこの彼女を殺そうとしているからね」
「抑えている時点で同じだ!」
それはそうだとセナも思った。彼が〝勇者〟本人なのかは不明だが、【邪神の眷属】の支配から脱している時点でただ者ではない。
この短時間でもガラテアが悪辣な存在だということは理解できるし、その能力だって厄介極まりないものだ。先ほどの発言を踏まえれば、彫像の作成には死者の魂が用いられていると考えていいだろう。
恐らく、彫像はガラテアの命令しか受け付けないように出来ている。死竜も元は竜の王だったのだろうが、それが言いなりになっていた時点で自由は無いのだと分かる。
それを意思一つで抑えこみ、彼はセナの味方に回ったのだ。
「……じゃあ、こう言おうか。あまり〝勇者〟を舐めない方がいい」
〝勇者〟はガラテアに剣を向ける。ガラテアによって作られた偽りの体でも、〝勇者〟を支配することは適わない。つまり彼女は、自分の能力を過信するあまり、その能力で自らの首を絞めてしまったのだ。