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180.堕ちた竜の王を穿て その四

 疫病が封じられたからなんだというのだ。セナの切り札は一つではない。《クルーエルハンティング》による欠損付与攻撃は、相手が物理的な肉体を有してさえいれば無条件で通るのだから。

 その様子を見て、【邪神の眷属】は憎々しげに顔を歪める。


「……その顔だ。ワタシはその顔が気に食わない。ワタシを賛美しないその顔がッ!」


 だが、予想の斜め上を行く理由に、セナは思わずぽかんとした。

 セナにとって敵は斃すべき存在であり、狩りの獲物だ。それが邪神に関連するのなら猶更そうしなければならない、

 NPCだろうがモンスターだろうが、クエストにそう記載されたり女神に頼まれたのなら殺すのがセナだ。容姿を理由に手を止めるなんてことはありえないのだ。


「ワタシは美しいだろう!? この肢体は、顔は、声は、美しいはずだ! 恥ずべきもが一切無い均整の取れた体なんだ! それを、貴様らは悍ましいだの忌まわしいだのと、御託を並べて否定する……!」


 胸に手を当て【邪神の眷属】は吼える。しかし、どれだけ言の葉を尽くそうと、はいそうですねと共感してくれる人物なぞいない。

 だからセナは一言だけ返した。


「どうでもいいんだけど」

「……は?」


 セナからすれば本当にどうでもいいことなのだ。この【邪神の眷属】は自らの美しさを語るが、自分から語っている時点で本末転倒もいいところ。

 そも、彼女が信仰する女神のように、ただ在るだけで優しさと美しさを内包するオーラを持つ〝猛威を振るう疫病にして薬毒の神エイアエオンリーカ〟こそが至高なのだから、言葉で説明しなければならない時点で劣っている。


「《ボムズアロー・フェイタリティ》」

「疫病の次は爆発か? だが、こんなものワタシには――」


 そう言って腕を振るい視界を晴らすが、ふと腕が軽くなった感触を覚える。疑問を感じて自らの右腕を見れば、半ばから綺麗に断ち切られているではないか。

 これはもちろん、セナの《クルーエルハンティング》による欠損付与攻撃だ。


「ワタシの……ワタシの肢体を傷つけるなど、許されていいはずがないッ!」


 激高し辺りを見渡すがセナの姿を捉えることは出来ない。なぜならセナは、《ボムズアロー・フェイタリティ》を放つ前に《ディレイエフェクト》と《ステルスハント》を無詠唱で発動していたからだ。

 爆発による煙幕が発生するタイミングで透明状態に移行し、その時に《クルーエルハンティング》を起動して接近、攻撃を仕掛けている。


 小さなレギオンたちも散開して亡霊の狩猟団を補充しているし、セナが姿を隠しやすいようにわざと大きな亡霊を待機させていた。


「ワタシを舐めるなよ……ッ!」


 【邪神の眷属】はどす黒い瘴気を左手に集める。それを頭上に掲げると同時にAOEが発生するが、範囲は【邪神の眷属】の周囲を除くフィールド全域だった。

 しかも矢継ぎ早にAOEが表示される。ドーナツ範囲の次は円範囲、放射範囲と続き、半円範囲が三連続で重なった。


 そして、【邪神の眷属】が集められた瘴気を握りしめると、激しい攻撃が降り注ぐ。移動しなければ被弾してしまうため、セナはレギオンに安全地帯を指示しつつ走り出した。

 ドーナツ範囲を躱した直後にバックステップで円範囲から抜け、数歩横に移動して放射範囲を避ける。最後の半円範囲は時計回りに逃げて攻撃を回避した。


「そこかッ!」


 だが、攻撃を躱すように移動したことで居場所を絞られたらしく、セナのすぐそばに予兆無しで漆黒の光線が放たれる。


「ワタシの腕を奪った罪だ、自らの技で滅びるがいい。《|彫刻王の鑿《チーゼル・オブ・ピグマリオン》》《イミテーション:プレイグスプレッド》!」


 そして、これまで散々使いたおしてきた疫病の珠が、【邪神の眷属】によって生成され投擲された。セナは【疫病の加護】により完全耐性があるのでなにも問題無いが、これはセナが生成したものではない。

 感染対象外に設定されているのは【邪神の眷属】だけだ。レギオンには感染してしまう。


「ます、たー……」

「神様の力なのに、なんで……」

「アハハハハ! ワタシは克服したと言っただろう! 克服さえすれば、この【邪神の眷属ガラテア】に模倣できない技は無い!」


 亡霊の狩猟団が形を崩し、小さなレギオンが斃れていく。

 いつの間にかのみのような武器を左手に持っていた【邪神の眷属】は、次々と足下の小石をして疫病の珠へと作り替えた。


「ワタシを否定するものはすべからく死ね! ワタシにその全てを捧げて死ね!」

「《プレイグスプレッド・フェイタリティ》!」


 このままでは連れてきたレギオンが全滅してしまう。頂上にレギオンを残してきているため群れレギオンは生存しており、この場でレベルを犠牲に復活させることも出来ない。

 そのためセナは、【邪神の眷属】が生成したを即興で生み出した。

 ぶっつけ本番での試みだが、神威状態はこのような無茶苦茶でも通せるらしい。


「わたしの影に入って」

「おのれ厄介な……ワタシを護れ、番人たちよ!」


 生き残ったのは小さなレギオンが一体と、少しばかりの亡霊だけ。数を戻すためにも、今は一時的にだが休ませる必要がある。


 一方【邪神の眷属】は、意趣返しが上手くいかなかったことに腹を立てたようで、彫刻刀らしき武器を地面に突き刺し等身大の彫像を作りだした。

 一体はタワーシールドを、一体は大剣を、一体は弓を武器として携えた騎士の彫像だ。これらは自律しているのか、それぞれの武器を構えて戦闘態勢に入る。

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