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179.堕ちた竜の王を穿て その三

 洞窟を形成する通路の幅はそれなりにある。巣としているのがドラゴンだからだろう。だが今では、邪悪なる存在が瘴気を生産するための場所と成り果ててしまっている。

 その存在が鎮座する奥地に到着したセナは、その空間に入るなり疫病の珠を放り投げた。とっくに瘴気が蔓延しているのだから、中にいるのはレギオンと敵だけである。


「……生き物判定で大丈夫だったみたいだね」


 味方だけを対象外に設定した疫病は、瘴気に侵された純竜の山と、そのてっぺんで胎動する肉塊に感染していく。

 瘴気に侵されていた純竜は即死し、利用されないようレギオンが即座に取り込んだ。

 あとは肉塊さえ始末すれば、頂上に戻ってフェリィエンリを改めて討伐し、それでこの異変は解決する。


『――憎い』

「《ボムズアロー・フェイタリティ》!」


 だが、ぼとりと地面に転げ落ちた肉塊から声がした。底冷えするような女性の声でソレは意思を発したのだ。

 すかさず攻撃を加えて内部から爆発させるが、肉塊は硬いゴムのように破裂せず原形を保つ。


『憎い。悍ましい。恨めしい』

「レギオン!」

「【寒鋼かんこー】!」


 氷属性の金属で貫かれ、それでもなお肉塊は蠢き続ける。元はユニークモンスターが有していたスキルだというのに、手応えがあるようには見えないのだ。

 嫌な予感がしてソレの頭上を見るが、セナの視界には


「(モンスターじゃない……!?)」


 【邪神の尖兵】ですらきちんと名前が表示されていたのに、目の前の肉塊には名前が無い。それはつまり、モンスターですら無いということの証明だ。


「れぎおんよんだー!」

「とつげきー」

「ぶっころせー」


 それの確認が出来るのはセナのみ。集まってきた小さなレギオンは、それが邪神に連なる存在だと認知できても、根本的な部分には気付けない。

 レギオンの猛攻は、何の意味も無いのだ。


「攻撃中止!」

「わわわっ、れぎおんとまれー!」

「とまれー」

「とまったー」


 攻撃を加えるギリギリで命じられた小さなレギオンたちは、コミカルな様子で止まってパタパタと戻ってくる。

 あのまま攻撃していたらレギオンのリソースを無駄に消費するところだった。


『――魂が疼く。ワタシの魂が、疼くのだ。嗚呼、忌々しい神め……!』


 ボコッ! と肉塊が盛り上がる。

 反射的に矢を番えるが、まだ名前もHPバーも表示されていない。


『知っている。識っている。覚えている。憶えている』


 この空間に留められ漂っていた瘴気が集まる。瘴気は肉塊に吸収され、更にボコボコと膨れ上がった。


『――嗚呼、そうだ』


 膨れ上がった肉塊は、人のような形に変じていく。これまでに取り込んできた生物の特徴を有しているらしく、一言では言い表せない雑多な姿だ。


「――ワタシは殺さねばならない。この地を、この世界を、尽くを、主のために」


 肉塊の状態から人の姿へと変じたソレは、細々とした要素を無視して見れば麗しい少女にしか見えない。

 石膏のような白い肌、地面に着くほど長い髪、爛々と輝く紫の瞳。これだけならまだ人と言える。だがそこに、様々な生物の翼を生やし、尾を伸ばし、甲殻を携え、相容れない瘴気を纏っていると加えれば、とてもだが人とは思えないだろう。


《――イーヴィルゴット・イミテーション:【Defective・邪神の眷属】が出現しました》


 名前とHPバーが出現した瞬間、セナは迷わずその指を離した。番えられていた矢は一直線に飛翔しソレの頭を貫く。

 ソレがどれだけ人に似た姿をしていようと、セナたちが躊躇うことは無い。【邪神の眷属】はどこまでいこうと敵なのだから。

 しかも、どうやら不完全な状態での復活らしく、ワールドアナウンスが流れていない。


「(HPが多い……それに、今のでも大して削れなかった)」

「ますたー、こうげきしていー?」

「いー?」


 セナの隣でちょこんと待っていた小さなレギオンの一体がそう訊ねた。もちろん拒否する理由がないため、セナはそれに頷いて答える。


「忌々しい力だ――」

「どかーん!」


 仰け反った姿勢のまま矢を引き抜いた眷属だが、何かを言い終える前に狩猟団の自爆特攻を浴びた。レギオンに辞書に情けや容赦という文字は無いのだ。

 ましてや亡霊にそれを期待するほうが間抜けである。


「…………鬱陶しい」


 けれど、腕の一振りで亡霊たちが薙ぎ払われた。

 【Defective・邪神の眷属】のHPは今ので二割近く削れているが、この様子ではまだまだ斃せそうに無い。とはいえ、HPバーを複数有していない以上、これは尖兵以下の状態にまで弱体化しているのだろう。


 ……だが。


「《プレイグスプレッド・フェイタリティ》」

「……使徒ではないな。だが、ワタシは識っているぞ」


 投擲された疫病の珠を壊さないように摘まみ、眷属は静かに語り出す。


「これは厄介だった。ワタシの体が醜く崩れ落ちるなど、到底許せなかった」

「(受けたことがある……?)」

「ワタシは美しき存在でなければならない。主がそうあれとワタシを創造なされたのだから、美しき肉体を以て顕現したというのに。この地の原生種どもは、あろうことかワタシの美しさを損ねた。……だから、ワタシは適応したのだ」


 次の瞬間、摘まんでいた疫病の珠を握りつぶし、眷属はその口の端を大きく歪めた。発生した疫病は間違いなく感染するはずなのにものともせず、むしろ取り込むようにソレは嘲笑う。


「アハハハハ! 無駄なことだ、無意味なことだ! ワタシは忌々しいこの疫病を克服した! あの時の雪辱は貴様で晴らしてやろう……!」


 かつての英雄と同じ力を使うが故に、セナの手札は封じられてしまった。

 けれど、眷属のHPが回復する様子は無いし、レギオンというジョーカーは無尽蔵に残っている。

 まだまだピンチとは言い難い。セナは冷静に短剣を構え、敵を見据えた。

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