目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

178.堕ちた竜の王を穿て その二

『――ラァ!』


 三枚目の鱗で嵐の鎧を解除し、再びイルメェイがドラゴンブレスを食らわせた。回復していたHPが再び一割にまで減少するが、瘴気が斃れることを許さない。

 傷だらけの体は無情にも再生し、またHPが戻ってしまう。


「(ギミックボス……!)」


 とても今更な話だが、この世界はあくまでもゲームだ。ゲームである以上、パーティーやレイドでの攻略を前提とするボスモンスターは簡単には斃せない。

 世界観を保つことが優先されているため分かりづらいが、中にはギミックを解かなければ被ダメージが極端に抑えられている場合もある。神威でなければ真面なダメージを与えられない尖兵然り、レベルの高いボスほどその傾向が高い。

 フェリィエンリは何かしらのギミックで不死身と化しているのだろうとセナは予想した。


「――マスター、嫌なやつ見つけた。ずっとずっと真下の洞窟の奥」


 三度、四度と嵐の鎧が再生するたびに鱗を消費し、HPも減っては戻ってを繰り返す中、思いのほか早くレギオンが瘴気の元凶を探し当てた。


「どうにかできる?」

「……たぶん?」


 出来なくはないが、不安が残る。そんな感じで小首を傾げたので、セナは《視界共有》を用いてその元凶の姿を確認することにした。

 片目を閉じ、閉じた側の瞳にレギオンの視界を映し出す。前までは複雑な視界のせいで酔いそうだったが、熟練度が上がった今ならば取捨選択して目的の視界だけを映すことも可能だ。

 そうして視界を切り替えたのだが……瘴気の元凶はセナの予想以上に悍ましいものであった。


「っ……死体の、山」


 一箇所に集められた大量の純竜の遺骸。その全てが瘴気によって腐り、団子のように固まっている。だのに、死してなお生きているかのように動いているのだ。

 頭が、腕が、翼が、尾が、足が、団子の山から飛び出るパーツが、自分は生きているのだと主張するように微動する。


 そしてやはり、それら全てが瘴気を発しているのだ。

 怨念、憎悪、敵愾心。瘴気によって歪められた悪感情が瘴気を増幅し、その肉体と魂を惨たらしく侵食していく。

 この惨烈な環境が、フェリィエンリを不死身にしたからくりなのだろう。


 だがセナは、これは意図的に集められたのだと気付く。

 ぐるりと辺りを見渡せば、ナーイアスが言っていた楔らしき岩石が等間隔に配置されていたのだ。〝地竜王〟の楔だ。

 決して外には出さず、けれどフェリィエンリとの繋がりを断とうとはしていない。


「……もしかして」


 セナは気付く。気付いてしまった。〝地竜王〟はヒュドラ大連峰に散らばる瘴気を一つに纏めて、山の外に投げ捨てるつもりなのだと。フェリィエンリはその犠牲になったのだと。


 恐らく、最初は取るに足らない量だったのだろう。小さな虫ぐらいにしか害を及ぼさないぐらい、自然消滅する程度の瘴気だったのだろう。

 それが虫を蝕み、小動物を蝕み、モンスターを蝕み、幾星霜の年月を経てドラゴンすら蝕んだ。神話の時代を、アグレイアの時代すら乗り越えて、現代になってようやく。


「ねえ、ナーイアス」

「主様……?」

「この大陸で暴れた眷属とかは、ちゃんと斃されたんだよね」

「はい。神々と、かつての〝勇者〟一行が確実に」

「じゃあ、斃したやつはそのまま消えたの?」

「いえ、神気によって浄化されたはずです。瘴気を主体とする邪神は神気にめっぽう弱いですから」


 セナの仲間のうち、大昔のことについて一番詳しいのはナーイアスだ。そのナーイアスに話を聞き、セナは結論を出した。


「……そう。じゃあ、あれは浄化されなかった断片なのかな」


 団子の山を形成する原因となったモノ。その山のてっぺんで瘴気を喰らい、発散し、心臓のように脈打つナニカの正体は、かつて討滅された邪神、或いはその眷属か尖兵の小さな肉片であると。

 でなければ、今の時代に封印を免れているはずがない。神話の時代からだったのなら、今の今まで見つからなかったなんてありえない。


「ナーイアスにも共有するよ」

「こ、れは……っ」


 レギオンが発見した地下の様子を見て、ナーイアスは絶句する。かつて斃したはずの存在が、取るに足らぬ肉片と化してなお脅威となっていたのだから、歯噛みするのも仕方ないと言える。


「イルメェイ!」

『なに!? 僕姉さんのことで一杯一杯なんだけど!?』

「瘴気の原因を見つけたから排除してくる! それまで耐えてて!」


 ゲーム的には、ボスに挑む前に二手に別れさせるつもりだったはずだ。でなければ頂上のボスを弱体化するためのギミックを、わざわざ逆方向の地下になんて用意しない。

 セナはソロだった。己の実力と、加護と、世界観設定が噛み合ったことでクエストが進行したため、複数パーティーを前提としたギミックにソロで挑んでしまっている。

 ……或いは、使徒であれば一人でもどうにか出来たのだろうか。 


 セナは待機させていたドラゴン型レギオンに騎乗し、落下する勢いで山を駆け下りる。飛んでいては時間を無駄にするだけだ。助走をつけて空に飛び出し、そこからは本当に落下することで大幅に時短する。


 このギミックをどうにかしないと、時間経過で全ての瘴気がフェリィエンリの体に集められてしまう。最終的にどう転ぶかは分からないが、どう考えても好転するはずが無い。

 最悪の場合、肉体を乗っ取って眷属(或いは尖兵)が復活してもおかしくない。それが山の外に投げ捨てられたら、魔大陸を目指すどころじゃなくなる。


 セナは自分のために、この厄介で面倒な負の遺産を片付けなければならないのだ。おのれ〝地竜王〟め余計なことばかりしやがって……と苛立ちながら、セナは洞窟へと駆け込んだ。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?