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177.堕ちた竜の王を穿て その一

 雲を貫き、山頂に到達する。

 そこにいるのは自らの意思で傷を負い、少しでも被害を減らそうと苦悶する竜の王、フェリィエンリだ。


 ……けれど、その姿は前見たときよりも異様だった。

 瘤らしきものが醜く膨れ上がり、翡翠色の鱗は黒く濁り、背からは澱んだ黒色の腕が生えている。

 【雷嵐のフェリィエンリイーヴィルイロウシェン・ドラゴンロード】は、更に瘴気に侵されていた。


『姉さん……!』


 その姿にイルメェイは悲痛な声を上げる。覚悟を決めていても、この惨状に何も思うなと言うのは無理な話だ。

 けれど、彼女は耐えた。涙を堪えて降り立ち、フェリィエンリに向けて雷撃を放つ。


「《神威:|死を運ぶ騎士《ペイルライダー》》!」


 雷撃が嵐の鎧に弾かれるのと同時に、セナは神威を発動してレギオンの背から飛び降りる。今回の憑依対象は大人レギオンだ。


「……《|嵐の王、亡霊の群れ《ワイルドハント・レギオン》》!」


 そして、地に足が付く直前にレギオンの力を解放した。

 亡霊の狩猟団が影から溢れ出し、今か今かとセナの号令を待つ。騎乗用に使っていた個体はそのまま空中戦に備えて待機させてある。


「……まずは、一枚!」


 ヴェルドラドの鱗を取りだし、それを投擲するセナ。

 この鱗にはヴェルドラドの《天撃》が込められており、フェリィエンリの嵐の鎧を破るために渡されたものだ。

 純竜やレギオンの膂力であれば鎧がある状態でも近づけるが、セナの矢や疫病はそうもいかない。風に巻き上げられ、散らされてしまう。


『ギュゥルルルルァァッ!』


 フェリィエンリの頭上に投げられた鱗は、一瞬で複雑な魔法陣を何層も形成し、遥か上空から《天撃》をお見舞いした。フェリィエンリがどれだけの風を纏おうと、上空から光熱を伴う圧倒的質量で押し潰されればひとたまりもない。


 地面が砕け、フェリィエンリの体に亀裂が入る。だが、亀裂から吹き上がったのは血飛沫ではなく大量の瘴気だった。

 血も流れてはいるが、それよりも瘴気の量が多すぎる。


「イルメェイ、回復される前に攻撃して!」

『わ、わかった!』


 そして、瘴気が溢れるということは加速度的に傷が治っていくということでもある。

 完全に再生されるまえに追撃しなければ、いつまで経っても斃せないだろう。


『うおおおお! 僕だって戦えるんだ!』


 イルメェイは腕に雷を纏い、飛び立とうとしたフェリィエンリの頭に叩きつけた。光がバチバチと激しく点滅し、しかし痺れる様子は無い。それはフェリィエンリが雷属性を有しているからである。

 故に、イルメェイはそのまま口腔に雷を集め、超至近距離からドラゴンブレスを浴びせた。


『びりびりするぅ……!』

「……自分の雷で痺れるドラゴンなんて、此は初めて見ましたよ」

「わたしも」


 少し情けない様子のイルメェイだが、今の攻撃が有効打となったのは間違いない。フェリィエンリのHPはかなり減っているし、右翼がひしゃげて左翼が千切れている。


『グリュゥ……ガゥァ……』

「《プレイグアロー・フェイタリティ》、《プレイグスプレッド・フェイタリティ》」


 苦しそうな声をあげるが、今更躊躇なんてしないし出来ない。

 セナはすかさず疫病の矢を放ち、間髪入れずに疫病の珠を投擲した。今回はイルメェイも感染対象外に設定しているので、普段のように巻き込むように使っても何も問題無い。


『僕だいじょうぶだよね!?』

「イルメェイには感染しないから大丈夫!」

『よ、よかったぁ……』


 まあ、何も伝えていなかったのでイルメェイは動揺していたが。


『――って、風が戻ってきた……?』

「これだけ減らしてまだ……!?」


 鱗を媒介とした《天撃》、イルメェイのドラゴンブレス、セナの疫病、短時間で叩き込んだ攻撃によってフェリィエンリのHPはほぼゼロだ。にもかかわらず、嵐の鎧は再構成され、驚異的な身体能力でイルメェイを振り払って立ち上がる。


「瘴気です。主様、あの瘤から発生している瘴気が原因です」


 HPだけ見ればたしかに満身創痍なのに、依然として憎悪と敵愾心を滾らせて動ける理由をナーイアスが見抜いた。


 瘴気……そう、瘴気だ。

 大本を辿れば邪神に行き着くが、フェリィエンリを蝕む瘴気は【邪神の尖兵】よりも薄い。だというのに、そうとは思えないほど大量に発生している。これまでに発生し消費させた量を考えれば、異常とも言える。


『《ラィ……ラン》ッ!』

「二枚目!」


 二枚目の鱗を《雷嵐》の防御に使う。考える時間すら与えられないらしい。


「レギオン、亡霊の半分を山の探索に回して」

「半分でいいの? レギオンたくさんいるからその半分でも足りると思うけど」

「短時間で済ませたいから」

「そういうことなら……」


 タイムリミットがあるせいで即断即決を強いられるため、セナはとにかく行動することにした。

 指示を受け取ったレギオンは足の速い亡霊を選抜し、小さなレギオンを亡霊の小隊長に据えて探索に向かわせる。五体+小さなレギオンで一チームだ。これだけ大量に放てば、山の一つ程度、簡単に探索しきれるだろう。


「イルメェイ、攻撃を続けるよ。レギオンに瘴気の大本を探しに行かせたから、そんなに長時間はかからない……はず」

「此はイルメェイの回復に専念しましょう。あちらのほうが怪我を負いやすいでしょうから」


 手がかりを掴むまでは、ただひたすらにダメージを与えては回復されてを繰り返す。全身を一瞬で蒸発させられるぐらいの攻撃が出来ればこんな苦労をせずに済むのだが、全て〝地竜王〟があれこれ邪魔をしているのが悪い。

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