『――戻ったか』
のそり、とヴェルドラドが起き上がる。
セナたちが到着したのと同時に《世界断絶結界》が発動されたので、この場の様子が第三者に知られることは無い。
『無事に解決したと、捉えていいのだな?』
「うん。【邪神の眷属】も斃して、フェリィエンリも討伐したよ」
『そうか……』
ヴェルドラドの威圧感にも慣れたもので、セナは自然体で話せるようになっていた。そしてそれで気分を害すほど、彼も狭量ではない。
『我が同胞を眠らせてくれたこと、竜の王を代表して感謝しよう。そして、人の子らに迷惑をかけたことへの謝罪を』
目を瞑り、彼はセナに頭を下げる。
イルメェイがぎょっとした様子で慌てているので、こうして頭を下げるのがどれだけ珍しいのかセナでも理解できた。
『此度の事件は全て我らの落ち度にある。我らが解決せねばならないにも関わらずいたずらに被害を大きくし、外にまで影響を及ぼすなど王としてあるまじき所業。挙げ句、人の子に解決を委ねるなど誇り高き天竜として不甲斐ないばかりだ』
『と、父様は悪くないだろ! 全部あの〝地竜王〟が悪いんだから、あいつのせいにすればいいのに……』
『メェイ、それは違う。奴にはいずれケジメをつけさせねばならないが、それとこれとは別の話なのだ。我は竜の王であり、同じ王を諫める立場にある。相手が旧き王とはいえ、立場だけなら同格の我らには奴を止める義務があった。故にこうして謝罪しているのだ』
問題を大きくしたのが〝地竜王〟とはいえ、それを止められなかった自分たちにも責任があるとヴェルドラドは語る。
『褒美として、そして謝罪の証として、我の目を授けよう。我らの肉体は血の一滴に至るまで高価な素材と聞く。ならば、この目はこれ以上ない褒美となるだろう』
更に彼は、自らの左目を抉り取り、これを謝罪の証とした。
確かにドラゴンの肉体は価値の高い素材であるし、竜の王のそれは稀少といってもいいぐらいだ。だが、それにしたって目を抉るのはやりすぎである。
そう言おうとしたが、抉り取られた目は部位欠損を治せるポーションが無ければ戻せない。つまり、セナはこれを受け取らなければならないのだ。
====================
【天撃竜王の瞳】
〝天竜王〟の系譜たる天竜種の王が一体、【天撃のヴェルドラド】の左目。凄まじい天属性の力を内包している。防具に組み込めばあらゆる障害から持ち主を護り、武器に組み込めばあらゆる敵を打ち砕く力を与えるだろう。
====================
アイテム化した目は意外にも小さく、セナの握り拳と同程度の大きさだった。更に抜け落ちた鱗も与えられたので、むしろ貰いすぎなぐらいである。
「……これはさすがに」
『大人しく貰ってくれ。我の気が済まん』
「…………分かった」
一部はレギオンにもあげよう。そう思い、セナはこれらをインベントリにしまった。
『さて……メェイよ、お前はこの者の供をせよ』
『なんでぇっ!?』
突然話を振られたイルメェイは、驚きのあまり素っ頓狂な声を出す。
『これまでにも散々言ってきたが、お前は力の制御が甘すぎる。ならばいっそ、加減しなければならない人の世界に出て学ぶべきだ』
『うっ……』
『セナよ、迷惑ばかり掛けてすまないが、こやつの面倒を見てやってはくれないか? これでも次代の王になる素質はある故、貴様の旅の一助になるだろう』
これでも、と枕言葉をつけられる辺りがなんともイルメェイらしいが、父であるヴェルドラドから見ても素質は高いのだろう。
イルメェイはとても複雑な顔をしている……ように見える。
『人化の法を掛ける故、大きな騒ぎにはならぬはずだ。能力も制限されるが、人からすれば大して変わらぬ』
「イルメェイは……いいの?」
『……父様の命令だからな。それにおまえのことは……認めてるし』
顔を背け、イルメェイは尻すぼみになりながらもセナを認めると言った。
それでもやはり、家族と離れたくないのだろう。駄々を捏ねるようにその場に伏せている。
『そんな顔をするなメェイ。我らは永き時を生きる。今生の別れではないのだぞ』
『だって……だってぇ……』
『……まったく』
仕方がないと言いたげに、ヴェルドラドとスーシュエリはイルメェイに顔を寄せた。
人の耳には単なる音にしか聞こえないが、これはドラゴンの言語であるとセナはイルメェイから教えてもらっている。敢えてそれを使うということは、身内にだけ伝えたい言葉があるからだろう。
セナとレギオンは会話が終わるのを静かに待つ。
『――ではな、メェイ』
『うん。行ってくるよ父様、母様』
そして、ヴェルドラドが人化の法を掛けた。イルメェイの体が光に包まれ、徐々に人の形を取り始める。
背丈はセナと同じか、やや低い程度。瞳や髪の毛は雷属性らしく黄色だ。鱗が変化しているという扱いなのか、短パンにへそ出しというパンクでロックな衣装を身につけている。
《――『雷激竜イルメェイ』が仲間に加わりました》
アナウンスによると、イルメェイは従魔ではなく仲間という扱いを受けるらしい。離反しない限り常にパーティーメンバーとしてカウントされるらしく、従魔のように入れ替えたりは出来ないようだ。
「よろしくな……セナ」
恥ずかしそうに顔を赤らめつつ、彼女はセナの隣に立った。別れはもう済んだのだろう、ヴェルドラドとスーシュエリに背を向けている。
セナは彼らに軽く頭を下げてから、ドラゴン型レギオンに乗って山を降りた。異変を解決した褒美に色々貰ったし、これからは彼らの娘を預かるわけだから。
それと、イルメェイは人の姿でも飛行は出来るようで、背中から二対の翼を模した雷を迸らせながら飛んでいる。