ヒュドラ大連峰を抜け、リマルタウリのすぐ近くにセナたちは着陸した。
長距離を飛行し続けたせいか、ドラゴン型レギオンはぐったりとした様子で影の中に沈んでいく。それを労うように手を振るレギオンたち。
イルメェイは勢い余って前のめりに転んでいた。それはもう、盛大に、三回転ほど。
「あう……」
「だいじょうぶ?」
「…………人の体って軽いんだね」
どうやら元の姿の感覚で飛行していたらしい。あの巨体と比べれば、人化した姿は風に吹き飛ばされるぐらい軽く感じるだろう。
イルメェイは立ち上がり、体に付いた土を払い落とす。
リマルタウリはすぐそこだ。時間帯的に街に戻る冒険者も多いらしく、門の前には何十人と並んでいる。
「身分しょう……を……き、騎士様!?」
「入っていいですか?」
「は、はい! もちろんです。ただ、その、そちらの方は……?」
すると、流れ作業的に身分証を確認していた門番に吃驚された。下手な貴族より権力のある騎士が、そこら辺の冒険者と同じ列に並んでいたのだから、驚きのあまり声が上擦るのも仕方ない。
「なんだ? 人間はこんなことしないと巣に入れないのか?」
「えっと、決まりですので……」
不思議そうに首を傾げるイルメェイに、困った様子で対応する門番。それは騎士の同行者というのもあるが、彼女が通常の人種と異なる風貌をしているからだろう。
雷を想起させる黄色い髪と瞳、腰から伸びる細長い尾、首や腕の外側には鱗があり、両手の指先はドラゴンのような鋭い形状だ。
見た目はほぼ人間なのに、人類に数えられる種族には見られない特徴を有しているため、門番は警戒と困惑が入り交じった複雑な顔を見せる。
ただ、イルメェイは身分証を持っていない。ヒュドラ大連峰に棲まうドラゴンが、人間社会の身分証を有しているはずがない。
「あの、私の仲間なので、通してくれると」
「……はい、分かりました。一応、念のため訊きますけど……人では、ないんですよね? 従魔――」
「僕は誇り高きドラゴンだ! 従魔と一緒にするな!」
「はひぃ……」
どうやら譲れないラインがあるようで、門番が従魔と言った瞬間イルメェイは声を荒げて威嚇した。
腰を抜かして尻餅をついた門番は失言したことに気付いたらしく、顔を青ざめてガクガク震えている。
システム上も従魔ではなく仲間と判定されているので、世界観の設定に基づく厳密な区分があるのだろう。邪神の影響で世に根付いたモンスターと、〝激動たる災害にして竜の神〟を祖とするドラゴンは根本的に違う生命体だ。故に、彼らは従魔として扱われるのを嫌う。
この事実が現代に伝わっていない以上、勘違いしてもおかしくないのだが。
「……イルメェイ、その人に怒ってもしょうがないから」
これは色々面倒なことが起きるな。そう思いつつ、セナはイルメェイを連れて街の中に入った。もうすでに面倒ごとが起きてしまったかもしれないが、仕方ないことだと割り切る。
イルメェイを引き取ってしまった以上、色々教えるのもセナの役目なのだから。
「ふふん、ここではレギオンが先輩。敬え」
「ら~♪」
「ぐぬぬぬぬ……!」
宿を取ってご飯を食べ始めると、レギオン&ラーネとイルメェイで謎のマウント合戦が始まったり、寝る際にベッドのどの位置を使うかで揉めたりしたが、まあ激しい喧嘩にはなっていないので平気だろう。
多分きっと、メイビー……。前途は多難だ。
ちなみに兎たちは速攻で分からされた。彼らは序列最下位である。
「イルメェイ、昨日も言ったけど、派手な喧嘩はしないようにね」
「分かってるよ。ご飯抜きは嫌だし……」
実は昨日の夜、マウント合戦がヒートアップし過ぎたので晩ご飯を取り上げたのだ。人化状態は燃費が悪いらしく、ご飯を取り上げられたのが堪えたようで、周囲に迷惑がかかるレベルのマウントは控えると誓っている。
レギオンもご飯の量が減らされてしょんぼりしていた。
さて、イルメェイが仲間に加わったことでセナはある問題に直面していた。それは、パーティー枠だ。
このゲームでは基本的に、パーティー枠の上限は六人となっている。
セナ、レギオン、ラーネ、ナーイアス、イルメェイで五枠。残り一枠しかない。この枠には自爆要員の兎たちやギガントセンチピードを入れられるが、そろそろ整理するべきだろうと考えたのだ。
そして一番使わない、使う理由が無くなってしまったのがギガントセンチピード――通称を蜈蚣さん。当初は便利な乗り物兼壁役としてテイムしたが、今はどちらもレギオンが担っている。自爆要員として継続雇用しようにも、片手で掴めて投げやすい兎たちがいるので厳しい。
つまり、彼は追放されることになったのだ。
しかし、テイムした従魔は同じ従魔師系のジョブに就いた相手にしか譲渡できないし、野良に放つことは出来ないようになっている。死んでも復活するため、要らないからと捨てるのは難しい。
「じゃあ、レギオン」
それを解決できるのが、同じ従魔であるレギオンだ。
元より群体型のキメラであるレギオンには、様々なモンスターを取り込んで自身を強化する性質がある。レギオンにギガントセンチピードを捕食させて取り込んでしまえば、お手軽に従魔を減らせるというわけだ。
「レギオンの糧になるのだー」
レギオンの影が大きく拡がり、ギガントセンチピードの体を包み込む。ぎゅっぎゅっと影は小さく圧縮され、ほんの数秒で捕食は完了した。
セナは胸に手を当て、目を閉じる。
苦楽をともに……はしていないし、愛着なんて湧きようがない外見だったが、かなり長い間従魔として連れ歩いてきたモンスターだったのだ。
そう、多少は寂しさだってある…………はずなのだが、セナは首を傾げて思う。何も感じないや、と。よくよく思い返せば別に大切でもなんでもなかったし、最近なんて役立たずすぎて滅多に使わなかったぐらいだ。
むしろ、これまで蓄えてきたレベルの分だけレギオンが強化されたので、都合のいい育成アイテムのようにしか感じない。