「お兄様、もう一度お願いします。今、何と……?」
聞き間違えではないだろうか?
そもそも本当に兄様が伝えた言葉なのかしら、わたくしの都合の良い幻聴ではないの?
信じて、いいの……?
「まだ体調が悪いようだ。無理はしないように」
『ソレイユは死んでいない。今は地上にて生活をしている』
わたくしは涙が溢れるのを止めようとぎゅっと目を閉じ、嗚咽を堪える。
「あ、ありがとうございます……お兄様と話が出来て、嬉しい」
声が詰まるが何とかそれだけは伝えられた。
生きているのなら、それだけで嬉しい。
わたくしのせいで命を落とすような目にあってしまったのだ。そんなソレイユが生きていると聞けるだけで、安心と喜びで心か満ちていく。
(……良かった、本当に)
何の根拠もない言葉だけど、嘘ではないと直感でそう思えた。
涙を堪え、体を震わすわたくしの背を、兄様は優しく擦ってくれる。
「困ったことがあればすぐにリーヴ様に言うんだよ。夫婦とは助け合うものだからね」
『何かあればすぐに私を呼ぶように、あの男になど任せておけるものか。ルナリアをこのような目に合わせるのだから、信用できるわけがなかろう』
全く真逆な言葉に、思わず笑みがこぼれる。
「ふふ、そうですね。何でも言わせてもらいます」
耳元に添えられた兄様の手に触れる。
兄様はわたくしもソレイユも裏切っていない。本気で心配してくれる、かけがえのない家族だ。
「とにかく今は体調を立て直さないとな。何か欲しいものはあるか?」
『ソレイユに会うには何とか海底界から出なければならないが、どうしたものかと考えあぐねている。もう少し時間がかかりそうだ、すまない』
「あっ……」
ソレイユに会えるという言葉に、希望と同時に先程告げられた出来事を思い出して、一気に気持ちが沈む。
「お兄様、わたくし、どうしたらいいでしょう」
「何かあったのか?」
わたくしは先程ササハに言われた事を、兄様に伝えた。
すると兄様の顔から表情が消える。
「それは本当か……」
「は、はい」
耳元からの声は聞こえないが、その表情と声音から怒っていることが分かる。
「結界は張った、なのに何故? あいつの力が私よりも強いとでもいうのか……?」
ぶつぶつと兄様が何かを呟いている。
「あ、あの兄様……」
声を掛ければ兄様は鋭い目となっていた。
『子どもとルナリアに罪はない。あるとしたらリーヴと海王神、そして天上神にだ』
無言のまま見下ろされ、しばし見つめ合う。
『その子もルナリアも海底界になど渡さない。待っていろ、必ずここから解放してやる』
「ルナリア、色々な話をありがとう。聞かせて貰えて嬉しかったよ、また会いに来るからな」
「わたくしもお話出来て、会えて嬉しかったです。ぜひまた来てください」
兄様は毛布越しにわたくしのお腹に触れる。
「ルナリアを守るおまじないを掛けよう」
『身を守る為の力を貸すから、何かあればこの力を使うと良い』
兄様の手を通してお腹が熱くなる。
(この感覚、あの時と同じ?)
それはソレイユの後を追おうとして、兄様に止められた時に感じたものだ。
ではあの時に力を既に貸してくれていたの? 気づかなかったけれど、どこかでこの力を使用していた可能性もあるのかしら?
「ルナリア、これだけは忘れないでくれ。私にとってお前は大事な家族だ。どれだけ離れていても」
『今すぐ助けてあげられない、不甲斐ない私を許してくれ。必ずソレイユと共にお前を救い出して見せるから』
「兄様、ありがとうございます。その言葉だけでわたくし……」
次こそ堪えられず涙が零れてしまう。
このように思ってくれる家族がいるなんて、なんて幸せなのだろうか。
それと同時に不安になる。
ソレイユも助けに来てくれると言うが、彼は本当にわたくしの為に来てくれるのだろうか?
他の男の子どもを宿したわたくしを、まだ好きでいてくれるのか。
期待と不安が入り混じってしまう。