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第33話 期待と不安

「お兄様、もう一度お願いします。今、何と……?」


 聞き間違えではないだろうか?


 そもそも本当に兄様が伝えた言葉なのかしら、わたくしの都合の良い幻聴ではないの?


 信じて、いいの……?


「まだ体調が悪いようだ。無理はしないように」


『ソレイユは死んでいない。今は地上にて生活をしている』


 わたくしは涙が溢れるのを止めようとぎゅっと目を閉じ、嗚咽を堪える。


「あ、ありがとうございます……お兄様と話が出来て、嬉しい」


 声が詰まるが何とかそれだけは伝えられた。


 生きているのなら、それだけで嬉しい。


 わたくしのせいで命を落とすような目にあってしまったのだ。そんなソレイユが生きていると聞けるだけで、安心と喜びで心か満ちていく。


(……良かった、本当に)


 何の根拠もない言葉だけど、嘘ではないと直感でそう思えた。


 涙を堪え、体を震わすわたくしの背を、兄様は優しく擦ってくれる。


「困ったことがあればすぐにリーヴ様に言うんだよ。夫婦とは助け合うものだからね」


『何かあればすぐに私を呼ぶように、あの男になど任せておけるものか。ルナリアをこのような目に合わせるのだから、信用できるわけがなかろう』


 全く真逆な言葉に、思わず笑みがこぼれる。


「ふふ、そうですね。何でも言わせてもらいます」


 耳元に添えられた兄様の手に触れる。


 兄様はわたくしもソレイユも裏切っていない。本気で心配してくれる、かけがえのない家族だ。


「とにかく今は体調を立て直さないとな。何か欲しいものはあるか?」


『ソレイユに会うには何とか海底界から出なければならないが、どうしたものかと考えあぐねている。もう少し時間がかかりそうだ、すまない』


「あっ……」


 ソレイユに会えるという言葉に、希望と同時に先程告げられた出来事を思い出して、一気に気持ちが沈む。


「お兄様、わたくし、どうしたらいいでしょう」


「何かあったのか?」


 わたくしは先程ササハに言われた事を、兄様に伝えた。


 すると兄様の顔から表情が消える。


「それは本当か……」


「は、はい」


 耳元からの声は聞こえないが、その表情と声音から怒っていることが分かる。


「結界は張った、なのに何故? あいつの力が私よりも強いとでもいうのか……?」


 ぶつぶつと兄様が何かを呟いている。


「あ、あの兄様……」


 声を掛ければ兄様は鋭い目となっていた。


『子どもとルナリアに罪はない。あるとしたらリーヴと海王神、そして天上神にだ』


 無言のまま見下ろされ、しばし見つめ合う。


『その子もルナリアも海底界になど渡さない。待っていろ、必ずここから解放してやる』


「ルナリア、色々な話をありがとう。聞かせて貰えて嬉しかったよ、また会いに来るからな」


「わたくしもお話出来て、会えて嬉しかったです。ぜひまた来てください」


 兄様は毛布越しにわたくしのお腹に触れる。


「ルナリアを守るおまじないを掛けよう」


『身を守る為の力を貸すから、何かあればこの力を使うと良い』


 兄様の手を通してお腹が熱くなる。


(この感覚、あの時と同じ?)


 それはソレイユの後を追おうとして、兄様に止められた時に感じたものだ。


 ではあの時に力を既に貸してくれていたの? 気づかなかったけれど、どこかでこの力を使用していた可能性もあるのかしら?


「ルナリア、これだけは忘れないでくれ。私にとってお前は大事な家族だ。どれだけ離れていても」


『今すぐ助けてあげられない、不甲斐ない私を許してくれ。必ずソレイユと共にお前を救い出して見せるから』


「兄様、ありがとうございます。その言葉だけでわたくし……」


 次こそ堪えられず涙が零れてしまう。


 このように思ってくれる家族がいるなんて、なんて幸せなのだろうか。


 それと同時に不安になる。


 ソレイユも助けに来てくれると言うが、彼は本当にわたくしの為に来てくれるのだろうか?


 他の男の子どもを宿したわたくしを、まだ好きでいてくれるのか。


 期待と不安が入り混じってしまう。



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