異質な気配を感じ、飛び起きた。
「こんなところに何の用でしょうかねぇ」
人であればそう警戒はしない。
けれどこの気配は人ではない、しかし魔物とも言えない。
それよりももっと清らかなものだ。
俺はしばらく動くことをせず、その気配がなんの目的でこんな寂れた屋敷に来たのかと、様子見をすることにした。
「何かあれば串刺しにしてしまいましょう」
腰の後ろに隠した短剣に触れ、しばし侵入者の動きに着目する。
けれどどうもこちらには気が付かないようで、ある部屋に入った後ぱたりと動きがなくなった。
「どうしやしょ、近づいてみやすか?」
立ち上がり、気配が途絶えたドアの前まで来てみる。
「……寝てる?」
女が無防備にも寝息を立てて眠っているのがわかった。
「結界張るどころかドアの鍵も掛けずになんて、何と危なっかしいお嬢さんでしょう」
さすがに中に入るのは憚られるので、隙間からこっそりと見てみた。
明らかに上質な身なりなのに供も連れず、こんなところで寝てしまうなど――
「訳ありっすね」
ため息をついて音を立てないようにドアを閉める。
ひとまず気づかなかった振りをしよう。
向こうも気付いていないし、このままやり過ごしてもいいような気がしたが。
(外が騒がしいな)
このような雨の中、人の声と足音が複数聞こえて来る。
「こんなところに何の用でしょうか。あぁ、あのお嬢さんを探しているようですね」
女はどこださのあの器量なら高く売れるだの、物騒な言葉ばかりが飛び交っている。
何とも迂闊な女性だ。
恐らくあのような格好で不用心にもうろついていたから、どこぞの放蕩令嬢か若しくは逃げ出した愛妾にでも間違えられたようだ。
このまま放っておいたらきっと見つかってしまう。
(濡れたくはないけれど追い払う方がよかろう)
「仕方ないっすね」
俺は外に出て、屋敷周りをうろつく男達の前に出る。
「びっくりした! 何だてめぇ」
白塗りにし、顔を隠している俺の顔はとても滑稽だろうな。
内心で冷めた事を考えながらも口元は無意識に上がる。
「こっちもびっくりしやした。雨宿りをしていたら声がして……あっ! もしかして旦那方はここの屋敷に所縁のある方たちでありやしたか?」
男達は顔を見合わせ、一瞬迷った後に頷いた。
「あぁそうだ。だからこの辺りを見回りしていたんだよ」
「やはりそうでしたか、雨の中ご苦労さんでございやす」
ぺこぺこと頭を下げれば、満更でもない顔をして更に調子づいた。
「だから雨宿りをするっていうなら金を貰わなきゃな。こんなにボロでもお金はかかるもんでな」
嘘も方便だな、一体何にかかるというのだろう。
「そこはご勘弁を。見ての通りお金は持っていないんす」
ズボンのポケットを裏返して見せればがっかりしたような顔を見せる。
「まぁ確かに持っていなさそうだけれど、他に何が出来るっていうんだ。けったいな顔しやがって」
ゴマするように手を合わせ、腰を低くして提案する。
「そうですねぇ、であれば何か仕事を手伝いやすよ。今困ってることはありやせんか」
俺の言葉に男達は少し考えて提案してくる。
「この辺りで白いドレスをきた女を見かけなかったか」
やはり先程の女性を追っていたのか。
「へぇ、この街でドレスを着た女性、というのは珍しいですね。どういうご関係何でしょう」
「詳細は言えんがとある貴族様の娼婦だよ。金を盗んで逃げたから捕まえに来たんだ、絶対に他言するなよ」
堂々と嘘を吐く所は感心してしまう。
(聞こえてきた会話では売り払うって言ってやしたけどね。あっしの地獄耳を舐めないでもらいたいもんです)
不穏な言葉ばかりだから、怪しいと思ったが、やはり碌な人間ではないようだ。
ならば遠慮も要らないというもの。
「そう言えば、見かけた様な気がするっすねぇ」
「何だと、それはどこでだ!」
大きな声を上げないでほしい。彼女が起きてしまうだろうが。
「まぁまぁ。とりあえず中でお話しましょう。雨も酷くなってますからね」
俺はそのまま男達を屋敷の中に招き入れる。
屋敷に足を踏み入れた途端、とぷん、という水音を立てて男達の姿はかき消えた。
(ご馳走様でした)
けして上質とは言えない肉であったが、それでも腹の足しにはなった。
後には男達が使っていた灯りが転がり、そしてそれも水音を立てて黒い水の中に消えていった。
(生かしておいても同じように人を売りさばく、屑のようだからな)
雨で目撃者も少なかったから、人に見つかる前に女性を売りさばきたかったはずだ。
そして恐らく自分も口封じとして殺されるか売られるかしただろう。
(縁も所縁もない女性だが、あんな無垢な美人を見捨てるのも忍びないしな)
「今後も狙われるかもしれませんぜ、あれだけの美人ですもん。放っておけないっすねぇ」
あの美貌とそして人の良さそうな顔。女も男も引き寄せるだろう。
俺はため息をついたが、覚悟を決める。
既にかかわったようなものだ。乗り掛かった舟として、面倒を見ようではないか。