目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

愛に狂った男の末路(アッシュの視点)

「よければ私のハンカチを使ってください」


 学院の入学式の時、第三王子──ルーズベルト様を庇って噴水に落ちた時に彼女がくれた物だ。自分への最初の贈物。

 それがフランカ嬢との出会い。

 第三王子の傍付きとして王子の引き立て役だった自分が、誰かから心配されることなんてなかった。打算や駆け引きなど一切ない純粋な好意。噴水に落ちたのは自分なのに、他の令嬢はルーズベルト様に群がるばかり。そうやって群がって囲んだせいでルーズベルト様が落ちそうになったわけで……。ああ、本当に腹が立つ。


 いつだって裏方で、損な役回りばかりを押し付けられる。でも今回はその最悪のおかげで運命の人に出会えた。陽だまりのように温かくて、初めてこの世界で息をしたような感覚に襲われた。

 フランカ・アメーティス伯爵令嬢。

 キイキイ喚くような我が儘な令嬢と違って大人な彼女を目で追うことが増え、卒業前には挨拶を交えるぐらいまで仲良くなった。


 会話は少なくとも仕草や雰囲気で自分のことを好いているのはすぐにわかった。彼女は自分にしかわからないサインをいつも出していて、本当に可愛らしい人だ。その証拠に彼女には婚約者がいない。自分が告白プロポーズするのを今か今かと待っているのだろう。なんと慎ましくて愛らしいのだろう。問題は自分のほうで、自分には高飛車な婚約者がすでにいる。彼女をどうにか潰して向こうから婚約解消。その後にフランカ嬢に告白しなくては、節操のない男だと思われてしまうのは嫌だ。


 足止めとしてルーズベルト様の名前を使って後妻を欲しがっている貴族連中に紹介状を出しておいた。もちろん自分が関与しているような証拠は全て潰した。自分の婚約問題が終わった頃、彼女は困った求婚者の対応に追われて途方に暮れているだろう。

 そこを自分が助けてプロポーズからの結婚。

 根回しも、準備も念入りにしていたのに──僅か三日で全てのお膳立てをぶち壊して国王陛下に婚約及び結婚を取り付けた奴がいた。ドミニク・オーケシュトレーム公爵!


 自分が手にするはずの全てを横から掻っ攫いやがって!

 ああ、なんて可哀想なフランカ嬢! 

 大丈夫、自分がすぐに助け出してみせる。そう何度も手紙を書いて、計画を練り上げて帝国の闇ギルドにも依頼した。ちょうど魔導書による呪いでドミニク公爵に意趣返してやろうと、学院の令嬢を使って『恋愛成就のおまじない』を仕掛けた。ルーズベルト様に見つかった時は焦ったが、なんとか誤魔化せた。闇ギルドに記憶の上書きあるいは、忘却関係の魔道具を所持している者がいて助かった。

 呪いの広まりは想像以上に早く、そして王太子や第三王子を含む様々な人間に被害が出た。


 いつも自分を見下して駒のように扱う連中が呪われて右往左往する姿は見ていて愉快だった。何よりあの公爵はさらなる不幸に見舞われていて、笑いが止まらなかった。

 自分とフランカ嬢の仲を引き裂いた報いだ。ああ、早く彼女を迎えに行きたい。何度か屋敷の前を通っていたが、老執事を含め使用人たちは目敏く警戒を怠らなかった。忌々しい。

 主人が主人なら仕える者も同類のようだ。


 フランカ嬢を連れ出そうと闇ギルドに依頼しても、あの屋敷の守りは鉄壁のようで正面突破はもちろん奇襲でも難しいという。そんな折りフランカ嬢は慈善活動に積極的だと知り、裏で手を回して孤児院の関係者を装って話しかけた。関係者のフリをして会話をする時間は、至福の一言だった。ああ、早く自分だと告げたい。


 邪魔な侍女や執事が早々に話を切り上げさせるのは癪だったけれど、囚われているフランカ嬢を救えるのなら耐えられた。

 財務課に勤務している身内のカスト・フォルジュには横領の疑いがあったので国外逃亡の資金を与えて、闇ギルドの一人にすり替わらせた。これでフランカ嬢からの手紙や贈物は自分の物になる。これは公爵ではなく、本当は自分が受け取るはずだったもの。

 ああ、早くフランカを抱きしめてあげたい。


 ドミニク公爵が繫華街に行く噂も社交界で手を回して広めた。間接的にフランカ嬢の事業の援助や、協力者として名乗り出たが、どこで嗅ぎつけるのか執事や侍女からの断りの手紙が届く。ガードが堅い。だがフランカ嬢の心はドミニク公爵にはないのは分かっている。

 大丈夫、最後には自分を選ぶに決まっているのだから。

 少しずつフランカ嬢とドミニク公爵が仲違いするように、じわりじわりと毒を与え続け──白い結婚三年目。待ちに待った離縁!


 そう思っていたのに、運命がここで狂い出した。

 フランカ嬢が離縁せずに、公爵家に留まっているのだ。


 どうして?

 市井に落ちて、自分が迎えに行く手はずだったのに!

 そこからは緻密に計画を立てたものが音を立てて崩れていく。こうなったら、と強硬手段に出た。闇ギルドを使い、修道院でボヤ騒ぎを起こしてフランカ嬢を確保。

 第一騎士団に扮した暗殺ギルドの面々がフランカ嬢を帝国に連れてくる。その算段も問題なかった──全てはあの男、ドミニク・オーケシュトレームだ。



 ***



 誘拐未遂から一週間後。絶望した日から何もかもが上手くいかない。


「忌々しい!」


 酒場でぬるくなった酒を飲み干し、ジョッキをテーブルに叩きつける。

 あの悪魔、疫病神、化物が!

 ああ、愛しのフランカ嬢との距離がまた離れてしまった。片翼が未だ戻らない。ああ、忌々しい悪魔をこの手で葬らなければ、愛しい人は手に入れられないのか。

 ……そうだ。今までの言動はあまりにも消極的、いや手を回してばかりだった。もっと直接的な形で接触すれば──。


「自分がフランカを幸せにする! 今もあの化物の妻でいる彼女を救えるのは自分しかいないのに! どうしてこうも上手くいかない!? ハッ、そうだ! 今まで裏工作をしてきたが、ここは正面からフランカを助けに──」

「その必要はない」


 気付けば、全ての元凶となった男が立っていた。

 この男を殺せば──そう、意気込んだがこの時の自分はオーケシュトレーム家の恐るべき裏の顔を知らなかった。自分が敵に回した一族が、王家の──だったなんて。

 公爵が手を掲げた瞬間、死神が大鎌を振り下ろすのが見えた気がした──。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?