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アパートはセルロース
アパートはセルロース
くじら(イトピナヨス)
SF空想科学
2025年01月18日
公開日
2.4万字
連載中
2118年、フィクションは現実となった。 アパートを追い出され、奇妙な家へ迷い込んだ「フィル」。そこで出会ったロボット「C-6-10-5」は、フィルを『博士』と呼ぶが…? とある事件をきっかけに、C-6-10-5は未知のエラーを吐き出す。その正体はーー恋だった。 貧乏くじ大学生と、様子のおかしいロボットの、未来SFスローラブ。

file0.5 夕暮れと迷子

人類は罪深い。

ならば、誰よりも楽しく罪を重ね、踊って暮らすのが最高の人生じゃないか?最も、私の行いを罪だと責められるのは、いささか不満なのだが。

なぜそう怒る。お前らは道具に過ぎない。不満なら、その充電コードを引きちぎってみたらどうだ。


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 アイザック・アシモフ ロボット工学三原則


 要約

 人間を傷つけない

 人間に逆らわない

 自分を守る


 歴代の科学者、その多くがSFオタクであったために、フィクションは現実に昇格した。今や全ての家電、ロボット、AI、アンドロイド、工学生物が、ロボット工学三原則をベースにプログラムされている。らしい。


 昼の、工学概論第2回。それと2年前の技術基礎。いつだったかの教育番組。この世の常識だ。


 工学部AI科1年 フィル=ウィンステン 人間

 昨日、ホームレスになりました。



 最近の地図アプリは難しい、と大家さんは言って、よりによって手書きの地図をくれた。

 サポートAIと頭を捻って試行錯誤し、カラスが鳴くまで歩き詰め、やっとそれらしい目的地に辿り着いた。

 キャリーケースを止め、フィルは首を傾げる。

「本当にここなのかな…」


 古めかしい、今にも潰れそうな木造建築。そして、裏に無機質なコンクリートの建造物。違法増築のようなちぐはぐな印象に、フィルは辺りを見回した。

 駅は近いが、地理が悪いらしい。再開発もされない古い街だった。背後の切り立った斜面のせいか、近隣の民家とも距離を置いている。


 大家曰く「今日は新居には誰もいない。勝手に上がり込んで、支度を済ませていい」とのことだが……アパートと呼んでいいのか、微妙なラインの建築物を前に、フィルは及び腰だった。

 いったい何年前の建物だろう。手入れされてるようには見えないけど……

 空を見る。幻想的なマーブル模様に、もうすぐ夜が来るだろうことが分かる。今から何か行動するのは難しい。


 ため息のような深呼吸の後、フィルは意を決した。


 ――――――――――――


 振動を検知


 結論

  どうでもいい


 ――――――――――――


 ドアは比較的新しいところから見て、古民家を一部治して住んでいたのだろう。おそらく裏のコンクリートも……

「お、じゃましまぁ……す」

 黄昏時の不透明度40%が、玄関ホールに差し込む。

永らく誰も踏み入っていないのだろう。埃はむしろ舞わず、床にザラザラと沈んでいるのが、靴越しにも鮮明に感じ取れる。まるで遺跡にでも入ったような気分だった。

「誰か、どなたかいませんかー……」

 しんと静まり返った玄関ホールに、フィルの声がか細く響く。


 ――――――――――――


 音声を検知


 off


 ――――――――――――


 フィルは、律儀に返事を待っていた。が、虫の声すら無い。だんだんと、一人芝居をしている様な気分になった。

 大家さんが言っていたように、本当に誰も居ないんだろうか。


 ……塞がれた窓から差す光が、少しずつ暗くなっていく。電気のスイッチは――そもそも、通ってる?ブレーカーは?

 フィルは、デバイスのライトを灯すと、辺りの壁を照らし出した。スイッチらしいものは見当たらない。ライトを天井に向けると、埃のつららが垂れ下がる中に、人感センサーらしいものが見えた。センサーライトは点いていない。


 なるほど、前の住人は想像しているよりもハイカラな人物だったようだ。それに、おそらく凝り性……


 ともかく電気は通っていないようだった。入居初日としては絶望的。元より、ここが本当に目的地だったのか、未だ定かでは無い。ただ、周囲に手頃な宿も無く、タクシーを呼ぶ財力も無い。今から大家に連絡するのも気が引ける。今晩はここで屋根を借りる他、手立ては無かった。何より、今日はもう歩きたくなかった。

 ……ひとまず。そう、ひとまず荷物だけ置いておこう。明日には管理人が覗きに来るそうだから。もし間違えていたら、こっそり出て行けばいい。不法侵入とはいえ、十中八九空き家だ。

 あと……ついさっきまで頼りにしていたサポートAIだが、グレーなことに踏み込むと、余計なことしか言わない。一旦ログアウトしておこう。


 そうしてフィルは、床板に張り付いた足を、やっと前に進めた。ドアノブに積もった埃に怯えつつ、勇敢に、屋内の探索を始めるのだった。

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