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第二十二話

「司様、どうかされましたか?」

桜が司の顔を覗き込む。


「あぁ・・・。いや、なんか喉乾いたなって思ってさ」

とりあえず、今だけ乗り切れば今後二度と会うことはない。はず。

そう思って何も考えないことにした。


「そうですわね!時間もまだ有りますし、お茶にしましょうか!」

桜がメイドを呼び、お茶の準備を指示する。

メイドは桜に言われた通りテキパキと紅茶を用意し、桜と司の前に差し出す。


「この紅茶、海外から取り寄せたものですの!あまり飲んだことない味なので驚くかもしれませんわ!」

桜は笑顔で言うが、司はこの後のことが心配すぎて味なんて全くしない。

他愛のない話をしているとちょっと感じの悪い松陰寺が部屋まで呼びにきた。

司を見る目はやっぱり悪意を感じる視線だ。


案内されたのはダイニング。

長机の上にはどれも美味しそうな食事が並んでおり、司の食欲を刺激する。


松陰寺に言われるがまま席に座り待っていると、松陰寺よりも高そうなスーツを着た30代後半くらいの男性と同じく30代後半くらいの高そうなドレスを着た女性が現れる。


「君が司君か。桜から話は聞いているよ」

司は声が聞こえたと同時にサッと椅子から立ち上がる。


「光月司です。本日はお招きいただきありがとうございます」

頭をしっかりと下げて丁寧にお辞儀をする。


「あぁ、構わん構わん。今日は君へのお詫びなんだから座って食事をしようじゃないか」

男性は上座に座り、女性はその左隣の席に座る。


「挨拶が遅くなったが、私が卯月勇。これが卯月静子だ。まぁ、なんだ。今日は無礼講で楽しんでくれたまえ」

勇はそう言ってナフキンをテーブルから膝の上にかける。

それから食事会が始まる。

だが、食事会での話はもっぱら卯月家の今後の展望やらなんやらであまり楽しい話ではなかった。

それに桜も静子も勇の話を聞いているだけで全く話をしない。

桜はいつも俺と一緒にいる時はあんなに話しているのに普段はこんなに静かなのかと驚いた程だ。

食事は確かに美味しいのだが、食堂で一人で食べているマヨオムライスの方が百倍美味しいと感じる食事会だった。


「いやー、今日は非常に有意義な食事会だったよ。それで桜。司君との結婚はいつなんだ?」

食事も食べ終わりお茶を飲みながら勇が桜に話しかける。

桜はビクッと体を震わせ「えと、まだ詳細は決まってませんの」と答える。


「そうか、それならもうここで決めてしまえばいい。ちょうど司君もいるしな。なぁ、司君?」


「あぁ・・・・、まだ学生ですし、そういうのはまだ考えられないですよねぇ」

司は勇の様子を見ながら一句一句話していく。


「まぁ、わからんでもないが、卯月家もそう悠長なことも言ってられない状況なんだ。どうだろう?」

ギロリと司に睨みを効かせる。


「お、お父様!」

その様子に耐えかねた桜が声をあげる。


「なんだ?今お前と話して無いだろう」

桜に対し、高圧的に返事をする。


桜は一瞬縮こまってしまうが、勇気を振り絞り声を出す。

「も、申し訳ございません。ですが、司様も困ってます。今日は顔合わせだけでお許しいただけないでしょうか」


桜の言葉に驚いた表情をするが、その表情は一瞬で終わり、すぐに怒りへと変わる。

勇は立ち上がり、桜のそばに近づいていく。

桜は俯き、父親の顔を見ようともしない。

いや見ることができないが正しいのかもしれない。


「お前が超能力者リミットレスをすぐに我が家に取り込めるかもしれないといったな?」


「はい、ですが」

桜が父親の方へ視線を移し返事をしようとしたが、パンッと乾いた音がダイニングに鳴り響く。

その音に母親の静子も縮こまり、俯いてしまう。


「なぁ、桜。卯月家の人間が何を手間取っているのだ?お前がさっさと既成事実でも作れば良いことだろう?」


「それは・・・。できません!」

涙目になりながらもそれでも桜は反論する。

勇は桜のその態度に目を血走らせて、大きく手を振りかぶる。

桜は目を瞑り衝撃に備える。


バァンと大きな音がして桜が目を開けると桜の前に背中が見えた。


「あのさ、そういうのダサいからやめようぜ。流石に見てられねぇよ」

司は近くの配膳カートに置いてあった金属製のお盆を能力で浮かせ勇が腕を振り下ろす軌道に放ち、桜がぶたれるのを妨害した。


勇の後ろにいた執事の松陰寺が懐から拳銃を取り出して、司に向けて構えるが勇が手を挙げると松陰寺は銃を下ろす。


「司君、これは家の問題なんだ。首を突っ込まないでくれるかな?」

金属製のお盆を強く叩いた手を払うように動かし、ギロリと司を睨む。


「もしも俺が桜と結婚したらあんたが俺の親父になる訳だろ?なら完全に無関係とも言えねぇんじゃねぇか?」


「ははは、口だけは達者なようだ。"二つ名"も持っていないような底辺の超能力者リミットレスが、調子に乗るなよ」


「二つ名ね」

司は鼻で笑う。


「けど、この家にはそもそも超能力者リミットレスがいないんだろ?二つ名以前の問題じゃねぇかよ」


司の言葉に苛立ちを覚えた勇は青筋を立てるが、超能力者リミットレス相手に何もできないことを理解している。


「お前のような超能力者リミットレスこちらから願い下げだ!お帰り願おうか!」

勇は松陰寺に指示を出すと松陰寺が銃を構え直し、司に向ける。


「あぁ、俺もお前みたいな家族を大事にできねぇようなやつ、願い下げだ。じゃあな」

司はサッサと桜の家から出ていく。


「司様!」

桜の呼びかけに後ろ手に手を振る。


せっかくの休みだというのに最悪の始まりだった。

あんな恐怖で家族を縛り付けるような男、反吐が出る。



「はぁ、なんかむしゃくしゃするなぁ。よし!せっかくだ。銀行寄ってくか」

司はため息を吐き、せっかく街に出たのでと、銀行に寄ってから寮に戻った。

翌日、桜が俺の部屋に来ることは無かった。

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