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市場の賑わい 〜トルコの街へ買い物

アリとエミルは、朝のコーヒーを飲み終えると市場へ向かった。トルコの街は活気にあふれ、石畳の道には色鮮やかな布をかけた屋台が並び、人々の笑い声や売り子の呼び声が交差している。スパイスや果物、焼きたてのパンの香ばしい香りが、街の空気を満たしていた。


「今日はいい豆が手に入るといいな。」アリはそう言いながら、道沿いの店々を見渡した。


エミルは、目を輝かせながら周囲を見回した。カラフルな陶器が並ぶ店先、風に揺れる絨毯の装飾、銅細工のポットがきらめく屋台。目に映るすべてが、彼にとっては小さな冒険のように感じられた。


最初に立ち寄ったのは、農夫のムスタファの店だった。ムスタファはアリの旧友で、若い頃からの付き合いがある。ひげを撫でながら、アリとエミルを見てにっこり笑った。


「おや、アリ!今日もコーヒーの豆を探してるのか?」


「その通りだ、ムスタファ。いい豆が入ったと聞いたんだが。」


ムスタファは大きな麻袋を開き、深みのある茶色のコーヒー豆をすくい上げた。ほんの少しの風にも乗って広がる香りに、エミルは思わず鼻を近づけた。


「すごくいい香り!」


ムスタファは笑いながらエミルの頭をぽんと叩いた。「エミル、お前もだんだん父さんに似てきたな。」


エミルは豆を手のひらにのせ、指の間で転がしてみた。表面がしっとりとした質感で、ふわりと甘い香ばしさが漂う。その一粒一粒に、どこか重みを感じた。


その後、アリとエミルは市場を歩き回り、スパイス屋のリナの店へ立ち寄った。リナはアリの幼馴染で、昔から市場で香辛料を扱っている。彼女の店は、色とりどりのスパイスが山のように盛られ、香りが風に乗って漂っていた。


「アリ、また珍しいスパイスを探してるの?」


「いつものカルダモンとシナモンを頼むよ。」


リナは微笑みながら、小さなすり鉢でスパイスを砕き、手のひらにのせてエミルに差し出した。「これを嗅いでごらん。コーヒーに入れると、風味がぐっと増すのよ。」


エミルはすり潰されたカルダモンの香りを嗅いだ。かすかに柑橘のような爽やかさと、どこか温かみのあるスパイシーな香りが混ざり合っていた。「こんな香りのコーヒー、飲んだことないかも。」


リナはくすっと笑い、「エミル、君もコーヒー職人になるのね。」と言った。


市場で必要なものを揃えた後、二人は帰路についた。エミルは籠の中の豆を見つめながら、今日の出来事を思い返していた。


「父さん、俺もいつか市場で自分で買い物をして、コーヒーを選べるようになるのかな?」


アリは微笑みながら、「もちろんだ。その時が来たら、お前が一番いい豆を見極めるんだぞ。」と言った。


夕暮れが近づくと、街並みは黄金色に染まり、屋台の明かりがゆらゆらと灯り始める。家々の屋根にかかった影が長く伸び、遠くでは夕祈りの呼びかけが静かに響いていた。


エミルは、手の中のコーヒー豆をぎゅっと握りしめた。それはただの豆ではなく、父との時間、市場の喧騒、そしていつか自分が継ぐかもしれない未来へと続く、ひとつの証のように思えた。



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