だが──もはや官兵衛は何も声を発することができなくなった。何故ならば、さきほどまで擬声していた〈家康〉の首は軽やかに舞い、すでに中央に作られている土俵上に着地しているからだ。
胴体のほうは、そうとも知らず衝撃から逃げようとするかのように、首無しのまま走り回った。それを見て、人々が叫ぶ。
まるで冥途の最果ての光景のようだった。
鶏が首を失ってもしばらく走ることは周知の事実とは云え、斯様な晴れ舞台でその珍事を体験しようとは、誰も思わなかったであろう。
やがて、走り回っていた尾長鶏が、ついにばさりと倒れ、その死を受け入れた。
そして──官兵衛は気づいた。
いつの間にか、身を隠す尾長鶏の尾がなくなり、七色のあまりに目立ちすぎるその容姿が、衆目の元に晒されているということを。
家光は己の刀捌きを確めるように刀の刃についた血を眺め、血ぶりをして鞘に納めた。官兵衛は家光に見つかる前にここから飛び立とうとそっと移動を始めた。
「どこへ行くんだ? じいや」
見え透いた調子で、家光はそう云った。
顔はまだあらぬほうを向いたままだ。
官兵衛は羽を広げて飛び上がり、庭の叢に逃げ去った。一刻の猶予もならぬことはわかっていた。
その刹那、官兵衛は視界の片隅で一羽の高麗雉がまっすぐに家光に向かって突っ込んでいくのを見た。
「奇異異異異異異異異異異異異異!」
秀吉殿──。
官兵衛には、秀吉が何をしようとしているのかがわかった。
まさに秀吉は、官兵衛を救わんと動いたのだった。
無謀な行動だということは誰の目にも明らかだった。
家光の刀が再び閃き、秀吉の胴を両断する。
血が噴き出し──地面に頭部が落ちた。高麗雉もまた、首を斬られてなおしばらく走った。
落下した秀吉の目が、空高くに舞った官兵衛のほうを向いていた。
前世では、決して素直に信頼し合えなかった二人だが、高麗雉の姿となった秀吉は、鸚鵡となった官兵衛を,身を挺して守ったのだ。
──すまぬ、秀吉殿。
官兵衛は心の中でそう唱えつつ、飛んでくる忍者の弓矢をよけながら空へと飛び去った。