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Episode8 - 振り返ってみよう


「そろそろさ、分からなくなってきてると思うんだ」


 独り、私室として使っている部屋のベッドの上で呟いた。

 手には新品のノートと、フリクションのボールペンを持って。誰に問い掛ける訳でもなく、ただただ言葉を零していく。


「ここまで我武者羅に……それこそ、前世よりも良い生活がおくれるように私が出来る事をしてきたわけだけど……でもさぁ」


 一息。


「――濃い。濃すぎるよ。全体的にここまでがさ」


 言って、思い出していく。ここまでの道筋を……今、こうしてベッドの上で寛ぎながら、過去を振り返る程に余裕がある状態になるまでの事を。

 まずまずとして、私は一度死んだ。

……もうこの時点で濃いんだよね!普通の人は自分が死ぬなんて経験しないから!

 家族……だと思っていた人達に生贄にされるような形でゾンビの群れの中へと突き飛ばされ、そのまま殺された。今では軽く討伐出来るようになったが、当時……一度死ぬまでは身体能力と支給されていた武器を使って、全力で戦って2級が倒せるか否か程度の実力しか無かった。

 そうして死んでしまった後。


「私も持ってたのを知らない異能のおかげで過去に……まぁ今世に戻ってきたわけだけど。そこでA.S.Sに色々教えて貰って……」


 【廻生】とかいう、所有者の私ですら存在を知らなかった異能のおかげでゾンビウイルスが蔓延する前……約1ヵ月前へと戻ってきた。

 状況が理解出来ていない私に追い打ちをかけるように話しかけてきた、終末世界救済機構……自らの事をA.S.Sと名乗ったシステムにここまでの事を説明され。

 ある程度落ち着いた所で、私は決意した。


「今世では絶対に、スローライフを送ってやるぞってねぇ……。結構、叶ってはいるんだけどね、もう。新しい異能も手に入れたし」


 新たな異能【空間収納】を得た私は、来たる終末に備えて様々な物資や一時的な仮拠点などを手に入れた。

 とは言え、仮。本格的に拠点を探そうと、山の中にあるという防空壕を見つけ出しA.S.Sの力も使って魔改造。今の拠点のプロトタイプが出来上がったのだ。

……ここもここで、結構しっかりした作りなんだよね。私と五十嵐が訓練してもびくともしないし。

 自分の城を手に入れた私は、世界にゾンビウイルスが蔓延していくのを尻目に、A.S.Sの発行するタスクをクリアしながらわんこ達を仲間にしつつ。

 周囲の土地を領地化する為に動き出した。


「その時に会ったのが、最初の住人達……草薙さんには感謝だよ。【植物栽培】なんていう便利な異能持ってたんだから」


 レギオンに襲われていた彼らを救い、A.S.Sのシステムによって住人化した後。

 私は新たな力として【植物栽培】を手に入れ、大目的であるスローライフの他に、中目的として住人を増やす事を決意した。と言っても、結局住人化した人物が持っているかもしれない異能が目当てなのだが。

 そうして、領地を拡大していくと……私はある人達を発見した。

……五十嵐と、大怪我を負った三峰。それと隊員達……避難所とのほっそいパイプが出来た訳だね。

 前世でよく行動を共にし、元々は会社員時代の先輩後輩の関係であった五十嵐。そして、前世でよく人々が話題に出していた、強者である三峰。

 彼女らに出会い、治療をし。そしてその対価として五十嵐の身元を貰った私は、元々高かった好感度の事もあり、すぐに五十嵐の持つ異能……【液体操作】を手に入れる事が出来た。


「本当にコレ、便利なんだよねぇ……」


 指先から軽く小さな水球を発生させつつ、部屋の温度を下げる為に薄く霧にする。

 基本的に液体であれば操る事が出来るこの異能は、私の身体能力を向上させると共に……大きく戦力も引き上げた。

 とは言え、そこまで大きな力は使わないだろうと考えていたのだが……そうでもなかったようで。

……まっさか、私が3級と戦う事になるとはね。自分から突っ込んだとも言うけど。

 ある日、住宅地の領地化を進めていた時にそれと出会ってしまった。

 前世では出会ったら死、全力で逃走し生き残れる事を祈れ、と色々と言われていた3級ゾンビとの遭遇だ。

 私達人間の様に異能を持ち、ゾンビの膂力によって周囲のモノを破壊していく災害の様な存在。


「私が今世でどれくらい戦えるようになったのかの確認と……タスクの達成目的だったけど……まぁ良い感じに戦えたよね」


 そんな相手に対して、私は所有する全ての異能と知識を用いて戦い……そして勝利した。

 前世であれば確実に敵わない敵と戦い、討伐出来たというのは自信にも繋がったものの。それよりもタスクの報酬の方に意識を持っていかれてしまったのは仕方ない事だろう。

 他人の異能も強化出来るようなった、というのは今後を考えても大きいはずだ。

……そうこうして。つい先日の事になる訳で。

 領地も増え、住人もちょくちょく増やしていく事数日。

 改めて物資を確保する為に、住宅地に存在していた業務スーパーへと訪れて。


「白星蓮華ちゃん、ねぇ……」


 店内で出会った、綺麗な少女。当初はゾンビに囲まれ、怯えていたように見えた為に救出した……のだが。彼女の正体は私と同じ収納系の異能を持った、前世でも強者として名を馳せた人物だった。

 彼女は店外に出現したゾンビ達を私と五十嵐達が討伐している隙に、店内の残った物資を回収し意味深な事を言って去っていってしまった。


「また会うかもしれない、って。……正直私達がってよりは、白星ちゃん側が行動しないと会えないとは思うんだけども」


 前世での情報も多いわけではなく、謎が多い少女ではある。

 しかしながら、彼女が持つ収納系の異能とゾンビウイルスが効かないという体質らしきものは、個人的に住人化して得ておきたいものだ。


「とまぁ、ここまでがこれまでの話なわけで……」


 これからの話も考えねばならない。

 住人を増やす事でタスクによる報酬を得る事が出来る。そして、その上で考えねばならないのは居住エリアの広さだろう。

 今でこそ、なんとかなってはいるものの。これからどんどん住人を増やしていくと考えるならば、確実に広さが足りない。山を開拓するにしても、人手を増やさねば難しいだろう。

……あとは野菜以外の食糧の安定配給もかな。

 RPTによる肉の供給が出来る様になったとは言え、それ以外では肉が配給出来てはいない。

 私はポイント交換によって無から肉を生み出す事が出来るが……住人達はそうはいかないのだから。


「結構考える事は多いけど……まぁだからこそ、暇にならずに済むわけだから良いよねぇ」


 次にするべき事が尽きないというのは素晴らしい事だ。

 それをやらされているわけではない、というのも重要な所で。

 私はベッドの上で書いていたノートを閉じ、【空間収納】内へと仕舞うと軽く身体を伸ばし、


「よしっ。――五十嵐~、今日の晩御飯なに~?」


 物思いに耽るのをやめ、現実いまを進む事にした。

 また、ある程度濃い日常が溜まったら……こうしてノートに記していけばいいだろう。

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