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第13話 メリークリスマス

蒼井さんへ (20XX年12月10日)

Mail from:平川篤史

Title:報告(リフォーム物件について


平川です。

元気にしてますか。

なにか怪しい出来事は起こっていないか?


あれから急に忙しくなり、頼まれていた件の調査に時間が取れず、連絡が遅れてしまいました。申しわけない。


こんなご時世でも年末が近くなると事件が多くなる。仕事量は右肩上がりに増えている状況です。


さて、問題の物件について。

結論から言うと、わからなかった。


白井幸仁が勤めていた不動産会社にあたってみたのだが、メールに出てくるリフォーム物件は見つからなかった。


見つからなかったというより、彼が担当したと思われる記録がごっそり丸ごと消えていた。

まるで最初から白井幸仁という人間が存在しなかったかのようにね。


白井の会社の庶務担当は、こんなことはあり得ないと首を傾げていたよ。


今時はどの業種も、こういった顧客管理は紙の台帳ではなく、コンピューターで管理している。

そしてそのコンピューターはネットワークに繋がっている。

今風に言うならクラウドだな。


だが、クラウドだろうがなかろうが、いかに強固なファイヤーウォールを設定しハッキング対策をしても、外部から侵入するのは不可能ではない。


だから白井幸仁が担当した物件データも、外部からのハッキング攻撃を受けた可能性は否定できない。


しかしな。あんな体験をしたあとでは、そんな一般論など通用しないケースがあると理解したよ。


仮にハーカーだとしたら、白井のデータだけを消す意味があるか?

もしもそうならいったい何のためなんだ?

おかしいだろう?


この現象はきみの考えが当たっている証拠だと俺は思う。


あの物件が鍵だ。

しかも重要な鍵だ。


きみはそれに気づいた。

今では俺もきみと同じ意見だ。


洞察力の鋭いきみは、俺が何を言いたいのかわかっていると思うが、くれぐれも身辺には気を付けてくれ。

きみには危険だから止めるという選択肢はないとこの前会って話してよくわかった。

だから気をつけて、としか言えない。


とりあえず報告はここまでだ。

それから、詳細は言えないが、白井幸仁の住んでいたアパートで不穏な動きがある。

彼が赤い自転車に乗っていたのを目撃した住人と連絡が取れない状態が続いている。

何もなければいいが。


進展があったら教える。また連絡するよ。くれぐれも気をつけてくれ。


この前は俺が守るなんて言ったが、いつもきみの近くにいるのは無理だ。

嘘つきと言われても仕方ない。だが、危険を感じたらすぐに俺を呼べ。

出来る限り急いで駆けつける。


ちょっと早いが、メリークリスマス。


平川篤史

atuhira@xxx.ne.jp



 平川さんからのメールは、あの人らしい簡潔な文章だった。やっと包帯も取れて、不自由な生活から元の生活に戻ったら、すでに十二月。あと二週間もすればクリスマスだなんて、なんだか実感が湧かない。


 あれから何も起きていない。無気味な夢も見なかった。夜間の外出時には、できるだけ明るいルートを選択するようにしているが、今のところ何もない。怪しい気配を感じたら、全速力で逃げようと思っている。


 Yukitoさんが仲介を担当した物件はどこにあるのか、これでもうわからなくなった。せっかく手がかりをつかんだと思ったのに、手ごたえを感じる前に、それは指の間をするりとすり抜けてしまった。彼と同じアパートの住人の情報も気になる。


 わたしたちの周りで奇怪な現象が進行している。わたしと平川さんが平穏なのは、あの時、平川さんの左手が、一時的に魔を退けたからだろう。そう。あくまでも一時的なものに過ぎない。


 平川さんはYukitoさんを探し出したいと言っていたが、わたし無理だと思っている。すでに彼は魔に取り込まれてしまった。


 なぜ彼が狙われたのか。その理由の解明は、彼が担当した不動産物件が鍵を握っている。今はどこにあるのかわからない。しかし、怪異を追っているうちに、いずれ必ずたどり着けるだろう。わたしはそう信じていた。



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