神奈川県警の平川刑事から再びメールが届いたのは、年が明けて正月飾りも外れた頃だった。赤い自転車事件に関しては、その後は特に変わったことは起こらないまま、あの時に負った怪我も治り、わたしの中で急速に過去の出来事になりつつある。
割れたガラスが刺さった痕跡が薄っすらと肌に残っているだけだ。しかし、悍ましい凶眼と霧の中から聞こえてきた妹の声は忘れられない。
平川さんの用件は、今度の週末に東京へ行くので会って話したい、赤い自転車事件のその後の報告をしたいから、とのことだった。週末は何もスケジュールは入っていない。それにわたしからも相談したい件があったので、すぐに「大丈夫です」と返信する。
わたしからの相談とは、"穴の底"のエピソードに由来する。そこに不思議な桜のエピソードが登場するのだが、体験者は"木の幽霊"と言った。そんな表現を使ったのはただの偶然なのだろうが、その、木の幽霊というワードに聞き覚えがあったのだ。
蒐集した怪異体験はテキストデータとして保存してある。そのデータへ"木の幽霊"で検索をかけたところ、見つけた。それも二つ。
一つ目は長野県のとある地方での体験談であった。体験者は元林野庁の職員で、すでに定年退職されている。今から三十年ほど前に、長野の山間部にて林道を整備する事業に携わっておられた。
二つ目の体験談は一つ目とは異なり、埼玉県南部のベッドタウン、山の中どころか住宅街の中での話だ。一つ目とは時代も違っている。もっと最近、せいぜい十年ほど前の出来事らしい。さらに体験者はごく普通の主婦である点も異なる。