なるほど、だからこんな所に居た訳だな。
……本当にそうか? なんだかピンと来ないな。いまいちしっくり来ないが、それで自分を納得させる事にする。
協力する事でここは切り抜けるぞ。
「ふざけた喋り方をする人間だ。こっちではこういう頭の悪そうなのが普通なのか?」
「あ、ひっどーい。オレってばバカだけどそういう言い方されると傷ついちゃうんだよね。そんなんじゃお姉さんとお友達に慣れないべ」
「人間の友などハナからいらん」
「この子の友達なんて、それこそ今はどうでもいいでしょう? さっきの返答だけど、別に一緒に探してくれる必要なんて無いわ」
協力する必要は無いって事か? 不味い、当てが外れたぞ。
心臓の音が早くなる。どうする? どう切り抜ければ……。
「……うん、貴方がそうなのね」
水晶のような物を持った女が俺の前に立ってニヤリと笑った。な、何だ? 悪寒が走って仕方が無い。
「な、なにか?」
「貴方、私達の探し物を持ってるわね? 手を降ろしていいから差し出しなさい」
何だと!? どうやら俺はどこかでこの女達が探している物を手に入れたらしい。
しかし何だ? 一昨日から今日に掛けて手に入れた物は……この指輪? いや、それなら同じ物を棚見も持ってるし、入ってる物も全く同じだ。
(棚見に無くて俺にあるもの……?)
そこで、俺はふと宿屋での出来事を思い出した。
椅子に置いてあった石だ。何の変哲もない石。後で捨てようとズボンのポケットに入れっぱなしにしたまま忘れていた。
(だけどこれか? ただの石突き出してふざけるなって殺されるんじゃ……。でも他に思い当たるものが無い。……ええい、ままよ! どの道他に突破口なんか無いんだ!)
俺はポケットに手を突っ込んで石を掴むと、それを取り出して女の前に突き出した。
「ふふ、お利口ね。やっぱりそうだったじゃない」
「何を言って! 大体お前が落とさなければ……」
この女達の会話からして、やはりそうだったらしい。
水晶のような物を見れば、さっきよりも光が強くなっている気がする。
「お姉さんってば石コレクターだったんだ。見た目の割に渋い趣味してんじゃん。でもま、これでオレ達もお役御免っしょ?」
「そうね、確かにあなた達の役目は終わったわ。おかげで余計な苦労をせずに済んだもの。だからお礼に――」
急に身の毛がよだつような感覚に襲われた。まるで体が地面に縫い付けられたように言う事を聞かなくなるような。
ちっ! この女達はやっぱり俺達を殺す気だ。
隙が見えなかったが、こうなったらこのまま抵抗するしかない。
そんな時だ、手のひらの石が急に光始め……。
「が!? 目がっ!?」
「くっ! これで間違いないわ。でもなんでこのタイミングで……!」
女達が何かを言っているが、辺りを覆う光で顔もよくわからなくなった。
でもこれじゃ俺の目も……。くそ、何が回りにあるか分からないから動きようが無いぞ。
次の瞬間だった。
俺の手が誰かに引っ張られて、そのままどこかに連れ去れてしまったのだ。
「っ……ぁ……お前か……、いやそうだろうけどな……」
「何言ってんの? オレってば咄嗟に動ける出来るヤツだよね。褒めてくれちゃってよ」
謎の光が治まった時、俺の腕を引いていたのは棚見だった。
予想通りだが、これが全然知らない人間だったらどうしようとも思っていたからよかった。
しかしさっきのあれは何だったのか?
急に視界が利かなくなった理由を知りたい。
その原因となった手の中の石を見つめる。すると……。
「!? 何だこれ!?」
「え? うわぁ何これ!? 綺麗になってんじゃん!」
手の中に握り込んでいたその石。
何の変哲もないはずのその辺の石と同じ色と形だったはずなのに、今俺の目に映るのは透き通った赤い色。
この薄暗い炭鉱跡でも確かな存在感を放つそれは、まるでルビーのような輝きを放っていた。
「まさかお宝がこんなそばにあったなんて……。こりゃあれだね、灯台……デモクラシー?」
「下暗しって言いたいのか。だけどなるほど、奴らの狙いはこれだったのか」
生まれてこの方本物のルビーを見たことはないが、この輝きは宝石と言っていいだろう。
これがあの女たちの狙いならば、あそこまで血眼になっていた理由もわからんじゃない。
売れば相当に値が張りそうだ。
……いや待てよ。これがただのルビーならさっきの光は何だ? 石になっていた理由は?
それともこっちでの宝石っていうものは、普段は石と同じで、特定の条件でだけ光を放って色が変わるとか。その上微かに光続けたり……。
「でもどうするこれ? あのお姉さん達のってなら、やっぱり返した方がいいかな?」
「どうだろうな、今更返したくらいで俺達が無事で済むとも思えない。なんせ普通に殺す気でいた連中なんだから、どっちに転んでも殺されるんじゃないか」
「あぁ~……。じゃあその辺に投げ捨てて逃げるとか?」
それも一つの手だろう。見た目は綺麗だとはいえ、これに関わったせいで厄介事に巻き込まれた感も否めない。だったらとっとと手放してみるのも悪くはないが……。
「顔を覚えられてしまったからな。関わったという理由だけで殺しに来る可能性もある。それならいっそ……」
「いっそ? ……あ、脅しに使うとか!」
殺さないことを条件に渡す、破りそうならその場合破壊する。
そういった交渉に使えそうではある。俺自身はこの件から手を引きたいが、他でもない俺達の命がかかっている。
この場合、安易に手放すのも危険が伴うのではとも思ってしまって、選択に悩む。
「武器は多いに越したことは無いけれど。こんな状況に陥った事が無いから判断がつかないんだよな」
「武器? だったらおニューのヤツ、オレ達持ってんじゃん」
「いやそういう物理的なのじゃなくて、交渉上の武器の話。そもそもあんな殺す気満々のエルフ相手につい最近ファンタジー世界に放り込まれたばかりの俺達が対抗できるのか考えると、直接の戦闘は避けたい」
「う~ん……。こういうの考えるのってオレってば苦手なんだよね。あ、でも。例えばこんな石ころが……」
そういうと、棚見は足元に転がっていた何かを拾い上げる。ルビーの輝きのおかげか、凝視すればそれが小石である事は辛うじて見える。
それは俺の手の中に収まっているルビーと同じぐらいの大きさだった。
「これが似たような赤い石に変えられれば……時間稼ぎぐらいにはなるんじゃないかな」
「そんな都合の良い魔法でもあるわけじゃ……あ、いやもしかしたらあるかもしれないけど、今の俺達に使える訳じゃないしな」
俺は棚見の持っている石を、ルビーとは逆の手で受け取る。
偽装する。そういう発想そのものは面白いが、今すぐに取れる手段じゃないしな。
(石よ、赤い宝石に変われ。……なんてな)
やっぱり今あるこのルビーをどうにか活かして生き残る手を考えるべきか。
「……ん? あれ? 香月くんその手さ……」
「あん? 何だ? 俺の手がどうした、って……は?」
◇◇◇
「あのガキ共! 本気で逃げられるとでも思っているのか!」
「落ち着きなさいな。どうせ私達から逃げられはしないわ、あの子達と魔力と顔はしっかりと覚えさせてもらったもの」
「ふん。そもそもお前がどこかで落とさなければ……」
「またその話? こうしてまた見つかったのだから、いい加減にそんな生産性の無い事を言うのは止めなさい。それよりも今気になるのは……どうしてあのタイミングで発現したのか、よ」
「そもそも本当に厳重な封印だったのか? 今となってはそれすら怪しいものだ」
「言い分はわかるけど、あれに施された封印は本物よ。貴女もあの魔力の片鱗を感じてたでしょ? あれ程のものなら手を抜ける訳がないわ。考えられるのは、もしかしたら私の知らない別の手順で封印を解く方法があった、というところかしら」
「そんな都合の良い……ん? おい! あれはどういうことだ?!」
「は? 急にどうしたのよ? ……何ですって!?」
二人の後を言い争いながら追いかけて来たエルフの二人組――短髪に目の鋭いソラレと長髪で魔法に長けたルシオロ――その二人の眼前には信じられない光景が広がっていた。
それは――地面に大量に転がった赤い石の輝きである。