「コミュ力強者め…」
自販機が吐き出した缶コーヒーを手に取りそうつぶやき、健司の会話内容を思い出す。
「上川…茜」
どこか聞き覚えのあるその名前を必死に思い出そうとするがなかなか思い出せない。
(俺が聞き覚えがあるってことは…同業者か?)
だとすると有名作家…あの年で?
そんな天才作家みたいな肩書なら忘れるはずないと思うんだが…
もどかしい感覚を覚えながら俺は自分用のブラックコーヒーのほかに飲み物を二つ買いベンチに戻る。
「おーい!黒金!」
ベンチに戻ると健司が俺を大声で呼んでいた。
「茜ちゃんさ~!あの【窓の外に恋を見る】の原作者らしいぞ!」
「へ?」
【窓の外に恋を見る】…それは今年恋愛小説部門で新人賞を取った作品だ。隣の家に住む幼馴染同士が窓一枚隔てて繰り広げるラブコメ…だったはずだ。
というか…
(てことは同じ出版社の人じゃん!!)
そこまで思考が追いついたときふと新人賞結果発表があった去年の3月の記憶がよみがえる。
たしか新人作家として出版社に来ていた女の子が一人いて…少し会話したような…
(あれ?ってことは…)
「俺初めましてじゃないじゃん!!」
思わず叫ぶ俺に茜さんはきょとんとして一言。
「やっぱり忘れられてたんですね…」
会話において一度話した相手を一方的に忘れるという大ポカをやらかした俺は衝撃のあまり自分の缶コーヒーを落としてしまう。
「あ…コーヒーが…」
(コーヒー…)
「あぁ!自販機の前で…」
「あれは忘れてください!!」
のどに引っかかっていた違和感が取れた勢いで思わず声を上げる。どうやら本人にとってはあれはあまりいい思い出ではないらしく、食い気味にさえぎられてしまった。
「えっと…あらためて、茜さん…」
俺はベンチに座っている彼女の前へ立つと勢い良く頭を下げる。
「忘れててすみません!全然初めましてじゃなかったですね…」
「思い出してくれたならよかったです…いや、個人的にはコーヒーの下りは忘れてもらった方がよかったですが」
「へ~二人とも知り合いだったんだ」
健司がそんなことはをこぼし、続けて言う。
「黒金は人を覚えるのが苦手だからな…俺も覚えてもらうまで結構苦労した」
「そうなんですね…」
物申したそうな目で見つめてくる二人。
もうすっかり仲良くなったらしい。
「まぁ…今回でちゃんと覚えましたよ。自販機の件も含めてインパクト強かったですからね」
「自販機の件?」
不思議そうな顔を浮かべる健司とは対照的に顔を真っ赤にして恥ずかしがっている茜さん。その空気に耐えかねたのか健司が声を出した。
「まぁ茜ちゃんは倒れてたんだし、今日は帰ってしっかり休んでね?二人が知り合いなら話す機会はあるんだろうから」
その言葉に茜さんははっとした表情を浮かべ、ベンチから立ち上がると一礼し足早に去っていった。
「さて…俺らも帰るか…」
「まて」
俺が茜さんの後に続こうとした瞬間ガッと腕をつかまれる。
「お前は走ってないだろう?今から行ってこい!」
「無理!今日はギブ!」
結局10分だけランニングコースを走ったのち俺たちは公園を後にした。次の日、ひどい筋肉痛で打ち合わせに間に合わず怒られたのだがそれはまた別の話である。