「今一度問う、この世界には救う価値があるのか?」
イモケンピの問いに、私はまっすぐに答えた。
「私には守りたいものができました。……この子です。」
お腹に手を当ててイモケンピの目を見つめ、私は静かに続けた。
「この星には人類が必要です。あなたは、我が夫として私とこの子、そしてこの地球を守ってください。」
その言葉に、彼は一瞬動きを止めた。そして、ゆっくりと頷いた。
「しっかり子供を育てろよ。」
イモケンピの声は、これまでの冷たさや皮肉を含まない、驚くほど柔らかい響きを帯びていた。その声に込められた温かさが、私の心を不思議と落ち着かせた。
私は彼の赤い瞳を見つめながら、小さく頷いた。
「また会いに来てください。」
「もちろんだ。」
その言葉に、彼はわずかに口角を上げ、小さく微笑んだ。その微笑みは短い時間だったが、それは悪魔としての彼ではなく、何か別の存在――彼の新たな一面を垣間見た瞬間だった。
その言葉を最後に、イモケンピはゆっくりと姿を消した。
彼の手には、水の入ったバケツが握られていた。それは、この長い争いの象徴でもあり、彼が悪魔から神へと至るための印そのものだった。水は生命の源であり、争いの発端でもあった。
彼の赤い瞳は最後まで揺らぐことなく、私を真っ直ぐに見つめていた。
トラプトニアンは地球を去り、その艦隊は太陽系の調和を守る「神の艦隊」として、新たな使命を担った。彼らの巨大な船団は、静かに太陽の軌道を周回し、時折その影が地球から見えるほどの存在感を放っていた。
しかし、それだけではない。トラプトニアンは、恒星間航行船の建造を始め、地球から得た貴重な水を運搬して、荒廃した母星の再生計画を進めていた。
地球の水はほんの少し減った。しかし、それは許容できる犠牲だった。地球は侵略の危機を乗り越え、生き延びることができた。
ある下級の悪魔が人類を救ったのだ。
私の父である悪魔とその悪魔を愛した母は地球がより良くなることを望んでいた。
悪魔は人間の監視役であり、人間を戒める存在なのかもしれない。そう言ったのは、彼だっただろうか、それとも私自身の思いだったのだろうか。
私はその言葉を思い出して微笑んでいた。