あれから数年後――
佐伯は、新たな町で刑事を続けていた。
あの事件のことを思い出すことは少なくなった。
それでも、時折、夢の中であの火葬場の景色が蘇る。
そして、その夢の最後には、いつも成瀬が立っていた。
彼は、じっとこちらを見つめている。
まるで、何かを伝えようとしているかのように――。
ある日、佐伯のもとに奇妙な事件の報告が入る。
「廃ビルの中で、おかしな遺体が見つかりました」
佐伯の表情がこわばる。
「……まさか……?」
彼女はすぐに現場へ向かった。
ビルの奥の暗がりに横たわる遺体。
その遺体の唇は黒い糸で不自然なほど強く縫い合わされていた。
まったく同じだ。
「……ありえない。」
佐伯の背筋が凍る。
黄泉のモノは、町の外へと広がってしまったのか?
黄泉の世界への道は閉ざされたはずだった。
もし、道が再び開いたとしたら――?
ふと、背後で足音が響いた。
コツ……コツ……
ゆっくりと、確実にこちらへ向かってくる音。
佐伯は息を呑みながら振り向く。
そして――闇の中に "誰か" が立っていた。
「……お前は…」
彼女の声が震える。
ビルの薄暗い光の下、そこに立っていたのは――
黄泉の世界に吸い込まれていったはずの成瀬だった。
「佐伯。」
彼は静かに佇んでいた。
変わらない顔。
変わらない声。
しかし、それが本当に "成瀬" なのかは分からない。
佐伯は一歩、慎重に後ずさる。
「……成瀬……なぜここに……」
佐伯は腰の拳銃に手をかける。
「お前……人なのか?」
成瀬は微かに笑う。
「さあな。」
成瀬は軽い笑みを浮かべた。
「準備はできているか?」
「……何の?」
成瀬は、ゆっくりと佐伯の方へ歩み寄った。
「これから――戦いになるぞ。」
(完)