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ボヘミティリア王国防衛戦

「カイナギンッ!! 教えてくれッ! 今ボヘミティリア王国の戦局はどうなっている!? 我々はユーグリッドの軍勢から城を守りきれるのかっ!?」


 1月24日夜7時、カイナギンが戦場から帰還するや否や、玉座に座っていたデンガキンが慌てた様子で家臣に叫び散らす。

カイナギンはそんな冷静に話を聞けそうにない城主に対して、今まさに毒を食らったばかりの暴れ馬を落ち着かせるように、どう、どう、と両手首を動かして嗜める。


「デンガキン様、どうか落ち着いてください。それほど興奮してしまってはあなた様の心肺にも負担がかかってしまいます。順を追って説明をしますので、どうかそのまま腰を下ろして玉座にお座りください」


 デンガキンは胸を押さえながら黙する。俯いたその顔には苦渋の汗が流れており、アルポート王国との戦争が始まってからというもの動悸が収まらない。


「……ああ、済まないカイナギン。兄上たちの留守を預かっているというのに少々取り乱してしまった。僕はユーグリッドの姿を目にした時から、あいつが怖くてたまらないのだ」


「ええ、わかっております。この戦争が怖くないボヘミティリアの者などおりません。今は城下の町でも混乱が起きております。火事場泥棒による略奪や女への陵辱、部下からの事件の報告が後を絶ちません」


「そ、そんなに町も酷いことになっているのか?」


 その普段は大人しいはずの覇王の領民たちの豹変ぶりに、デンガキンはゾッとする。もはやユーグリッドの軍勢だけでなく、ボヘミティリアの人々も悪鬼に陥ろうとしていたのだ。


「ええ。ですが、戦という場においては決して珍しいことではございません。人は自分がもう死ぬとなるとタガが外れてしまうものです。それよりも今は目の前のユーグリッドの侵略についてです。奴らが城内に攻め入ったとなれば、町の内乱どころの騒ぎではありません」


「……ああ、わかった。聞かせてくれカイナギン。ボヘミティリア王国の防衛はどうなっている?」


「はい、では説明をさせていただきます」


 カイナギンは城主に近づきすぎていた無礼に気づき、後ろに足を退いて距離を置く。


「現在の敵軍との戦況は次の通りです。


 まず、南のユーグリッドの1万の軍と北のソキンの1万の軍について。この者どもの戦術は長梯子や破城槌はじょうついなどの基本的な攻城兵器を使用した古典的な方法になります。まず梯子部隊が城に攻めて城壁に上り、その後に複数人で大きな槌を持った部隊が突撃して城門を打ち破る。


 ですが、今の所敵の軍に成果は出ておりません。梯子部隊に対しては頭上から岩を落とし、槌部隊に対しては城門が壊れない程度の火力の爆弾を投げつける。その戦法によって何とか城壁の上に攻められることも、城門をこじ開けられることもなく凌げております。


 早急に作った軍によるぶっつけ本番の戦術でしたが、このボヘミティリア王国の堅牢な守りが功を奏したのでしょう。高い城壁の上にいる部隊にはほとんど犠牲はなく、頑丈な鉄製の城門も無傷のままです。


 このまま敵が同じ戦法しか使えないのだとしたら、恐らく南と北のユーグリッドとソキンの軍は抑えることができるでしょう」


「そ、そうか、我が軍が優勢なのか。ふう、それならひとまず安心だな」


 デンガキンは心臓の鼓動をいくらか落ち着かせながら、玉座にだらんと腰をかける。


「ええ、ボヘミティリア王国の城内に今の所敵軍の侵入はありません。ですが問題は、西のタイイケンの1万の軍の投石機部隊です」


 カイナギンは深刻な顔をして説明を続ける。


「奴は一切直接的な城攻めを行わず、ひたすら西門を少し離れた位置から、投石機による城内への攻撃を繰り返しております。敵の投石機は20機ほどで一列に並べており、飛距離や発射位置を逐一調整しながら、満遍なくボヘミティリア王国の城内に岩が降り注ぐように兵器を操っております。


 その被害は甚大なもので、ボヘミティリア王国の西地区で待機していた500人の兵たちが死にました。西地区の領民たちも数多く犠牲になっており、このままタイイケンが投石攻撃を続ければ、彼の地区の者たちは全滅する恐れすらあります」


「そ、そんなっ! 何とかしてタイイケンの投石を止めることはできないのか? 兄上の兵や領民を見殺しにはできないぞっ!」


 デンガキンが子供のように喚きながらカイナギンに訴えかける。

だがカイナギンは静かに首を振る。


「奴の投石機部隊は城壁からの弓矢や連弩れんどの射撃が届かぬ遥か西に陣をとっております。もし奴の攻撃を止めるとしたら城から打って出るしかありません。


 ですがその投石機の前には幾重にも大盾を構えた部隊が並んでおり、今の我々の軍勢では投石機まで突破するだけの戦力がありません。タイイケン自身も両手剣を二刀流にして振るう猛将の中の猛将であり、今城を打って出るのは自殺行為でしかありません」


「そ、そんなっ! ならこのまま敵になぶり殺しにされるしかないのかっ!」


 デンガキンはその恐ろしい事実を受け入れがたく感じている。

カイナギンは冷徹なほどに戦争の残酷さを淡々と述べた。


「ええ、はっきり申し上げるとそうせざるを得ません。今ボヘミティリア王国の城壁の守りは手薄であり、兵力の配備もギリギリまで割いております。一兵でも兵力を仕損じたら、忽ち敵に城の攻略を許すことになるでしょう。


 今城壁の守りに就いているのは東西南北に2000人ずつ均等に分けた8000ほどの軍勢。そして今残っている予備の兵力は1500人ほど。仮にタイイケンの軍を攻める策を取るならば、最低後500人は必要でしょう」


「なら、リョーガイ。あの東に陣を構える商人リョーガイの軍から防衛している東の兵を、タイイケンの陣へ出撃する部隊として充てがったらどうだ?


 リョーガイは他の武家出身の3人とは違って武人ではない。兵力も他の3軍の半分の5000の兵しかいない。リョーガイ相手であれば、東の城の守りに2000の兵を割く必要がないのではないか? あいつは今どのように動いている?」


 デンガキンは今の苦境から何とか希望を見出そうとカイナギンに意見を出す。


「……リョーガイは、今の所全く動いておりません。前方の陣に攻城部隊を構えてはいるものの、戦が始まってから全く攻める気配がありません」


「そ、そうか! なら、話が早い! 東の守備軍から500の兵を割いてタイイケンの投石機の破壊工作部隊に充てよう。


 リョーガイも吝嗇りんしょくな商人ということだ。きっと自分の兵たちが失われてしまうことを嫌がっているに違いない! 戦う気のない者相手に兵力を割く必要もないだろう」


 デンガキンは自分の意見に光明を見出したかのように、納得の理由付けをする。

だがカイナギンはその楽観的な城主に対して強く首を振った。


「いえ、それはできません! リョーガイはこの戦において最も警戒しなければならない敵将なのです! 奴を野放しにすることなどあってはならないのです!」


 カイナギンの血相を変えた言葉に、玉座の間は張り詰めた。


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