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第112話 重力で足が地面にめり込んでいるほうがそれっぽいでしょう?

 ≪サポちゃん≫の指示で、力いっぱいロープを引っ張ってみる。

 なんとか、風に飛ばされていった≪セリー≫を手繰り寄せないと……。


「ふーんっ! ふぬぬぬーんっ! ふんっ!……いや、びくともしないわ」


 そもそもわたし、筋力とかないし、こういう力仕事に向いてないんですよね。

 風がますます強くなっている気がするし、≪サポちゃん≫のグラビティフィールドと物理耐性強化の魔法がなかったら、わたしも引っ張られて、とっくに飛んでいっているのでは?


【困りましたね。どうしましょうか】


「それをわたしに訊かれても……」


 ≪サポちゃん≫が考えたハプニングだからね?


『どうしたんや? はよ先に進もうや』


 目見えてないの? 今トラブル中だからおっさんはちょっと黙っていて。


『ワイ、ノートやし、あんまり遠くは見えへんよ』


 逆に近くは見えてるんだ?

 そっちのほうが驚きだよ。


「そうだ! わたしにSTR≪筋力≫強化を掛けてもらって引っ張るっていうのはどう?」


 我ながら名案!


【耐性強化は専守防衛の範疇なので許されていますが、STR≪筋力≫強化は攻撃系の魔法に属します。戦闘状態以外では使用を許可されていないのです】


「えー、『他職への変身システムトランスフォーメーション』と同じ感じ? 面倒な制約だなー」


 引っ張るのが無理だとすると、風がやまない限りは≪セリー≫を回収できなくない?


【正面に向きなおって前に進めますか?】


「重力でわたし自身の体が重たいから、姿勢を変えるのは無理だよ」


【このまま≪セリー≫さんのほうに戻ることもできませんか?】


「もちろん無理」


 後ろに下がれば風が弱まるからロープを引っ張れるんじゃないかって、そういうことでしょ? それもこれもわたしが動ければね。今のところ、足は地面に埋まったみたいに動かないし、進行方向を変えることもできないんだよ……。


「足はどっち方向にも1歩も動かない」


【困りましたね。どうしましょうか】


「だからそれをわたしに訊かれても……」


 堂々巡り。

 この状態で『ホットドリンク』の効果が切れたらどうすれば良いんだろうね? わたしはなんとか飲めるかもしれないけれど、≪セリー≫のほうはどうなっているのやら……。

 ロープの長さは5mくらいで、今はピンと張った状態だから、あちこち飛ばされたり、くるくる回転しているなんてことはないと思うけれど、グラビティフィールドの効果で重さがほとんどない状態だろうから、空中に磔みたいになっているんだろうなー。泣いてなきゃ良いけど。その前に、この強風の中で息とかできるの?≪セリー≫が飛んでいってからまったく声が聞こえないのがすごく気になる……。


【そこは問題ないです。≪アルミちゃん≫もグラビティフィールドの支配下にありますが、呼吸はできているし、言葉もしゃべることができていますよね?】


「うん、まあそうだね」


 下半身は重くて動かせないけれど、上半身はわりと自由に動くかな。呼吸はできるし、しゃべることもできるね。


【≪アルミちゃん≫と≪セリー≫さんに対して『グラビティフィールドを掛けた』というのは、わかりやすくそう表現しただけで、実際にはもう少し細やかな制御を行っています】


 そうなんだ? どんなふうに?


【2人の体よりも少し広めの空間に対して、グラビティフィールドの効果を適用していて、空間全体が重い、または軽い状態になっています。その空間の内部は通常の空間と同じ重力場が発生するように逆の調整をしているため、普段と同じ生活が可能な状態を維持しているのです】


「空間にねー? わかったようなわからないような。じゃあなんでわたしは足が動かせないの?」


 空間内で普段と同じ生活ができるなら、足も自由に動かせるのでは?


【そこは演出ですよ。重力で足が地面にめり込んでいるほうがそれっぽいでしょう?】


 それっぽい……。


 それだけ?


【それだけです】


 普通に言い切った⁉


「その演出をやめてくれれば、わたし、普通に歩いて≪セリー≫のところまでいけるのでは?」


 今までのやり取りは何だったの……?


【ここで≪アルミちゃん≫がすたすた歩いて≪セリー≫さんを助けに行ったら興ざめですよ。苦労して苦労して助けるからこそ、感動が生まれるのです】


「言いたいことはすごくよくわかる……でもさー。苦労も何も、ロープは1mmも引っ張れないし、足だって1mmも動かせないから、配信を見てくれている人からしたら、今わたしは何にもやっていないように見えているんじゃないかなって。そもそもこの音声って配信に乗っているの?」


【途中から乗せています。無音だと完全に事故映像になってしまうので】


「それなら余計に、もう≪サポちゃん≫の演出だってバレているし、グラビティフィールドを解いて、≪セリー≫を助けに行ったほうが良くない?」


【そうですね、そうしましょう。後ほど、この失敗はなかったことにしておきます】


 後ほど? なかったことに?

 どういう意味だろう?


「うぉ? 急に足が軽くなった!」


 【≪アルミちゃん≫の足にかけていた、グラビティフィールドの効果だけ解除しました】


「ん、全部解除してくれても良いんだけど?」


【そうするとどうなるかわかりますか?】


 わたしは動けるようになって、≪セリー≫は地面に降りてくる?


【≪セリー≫さんがどのような状態にあるか把握できていない状態のままグラビティフィールドを完全に解除することになってしまいます。思ったよりも高い場所に体があった場合、重力が戻ったことで落下。地面に激突して大けがをする恐れがあります】


 それはまあ……だいぶ困るね。


【しかし、どこまで行っても≪アルミちゃん≫の力でそのロープを引くことは困難だと思われますので、イチかバチか、段階的にグラビティフィールドの効果を緩めていくことにします】


「イチかバチか……。≪セリー≫の体がちょっとずつ重くなって、ゆっくり地面に降りてくるイメージ、だよね?」


【そうです。うまくいくことを祈りたいと思います】


 サポートAIが祈っている場合じゃないんじゃないかな……。

 でもまあそれしか方法もなさそう。


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