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第10話 知らない、■の気持ち

 郡さんが、風邪をひきました。


 白い明かりの灯る廊下。

 郡さんの部屋の扉を隔て、ザラメは一人立ち尽くしていました。

 扉の向こうからは、咳き込む声が。

 苦しそうで、辛そうで。

 ザラメも、どうしてか胸が苦しい。

 キュウっと締め付けられるような感じがして、イガイガして、とても嫌です。


 どうしたら、郡さんが元気になるのでしょう。

 どうしたら、このイガイガが消えるのでしょう。

 ザラメには、分かりません。


 カフェの開店時間も迫っています。


「寝かせろって言われても、心配です……」


 扉の前で右往左往。

 行くあてもないまま、足踏みばかり。

 どうしてでしょう。

 この扉の向こうで、郡さんがいなくなってしまうような、そんな嫌なヨカンがあったんです。


「やっぱり見に行った方が……!」


 そう自分に言い聞かせ、ドアノブに手をかけたその時でした。


「ただいまー……」


 玄関の扉が開く音。

 そしてコスズの声が、廊下に響きました。


 寒空異変を解決して。

 家のないコスズちゃんは、現在ここ……郡さんの家に泊まっています。

 コスズちゃんは最初こそ渋っていたものの、カフェ「GOOD MOURNING!!」で、看板娘No.2として働いてほしいという条件をつけると、シチューへのお礼ということで引き受けてくれました。


 コスズちゃん自身は、ブリキの人形に戻れるし、食事も時々でいいみたいですが、せっかくなら、いっぱい一緒にいた方が楽しいに決まってます。


 今日は買い出しをお願いして、たった今帰ってきたってところです。


 ザラメはコスズちゃんに駆け寄ります。

 そして。


「大変です、コスズちゃん! 郡さんが風邪っていうのになって……!」

「風邪……?」


 そう問い直すコスズちゃんに、一部始終を説明しました。

 ザラメが話し終えると、コスズちゃんは軽く曲げた人差し指を口元に当てて「うーん……」と小さな声を出しました。何やら考えているようです。


「風邪……最悪、死ぬ……」


 そう、真面目な口調で言いました。


 ――“死”。


 “死”がなんなのか。

 ザラメには分かりません。

 目覚めたときにはもう死んでいて、死んだときのことは覚えていないから。


 知っているのは、辞書的なイミだけで。


 だから、“死”のキモチを知りません。

 だけど……。


 その言葉に、ザラメの頭に黒いもじゃもじゃが蔓延るような感覚を覚えました。それが、じわじわ食いついていくような心地がして。

 なんだかとっても、キライな感じ。


「郡さん、死んじゃうんですか?!」

「……ザラメ、落ち着いて……」


 コスズちゃんに促されました。

 ザラメより小さいのに、すごく冷静です。まるで、お姉さんみたい。


「看病すれば、きっとはやく治る……郡のお世話」

「わ、分かりました! お世話ですね、任せてください!」


 お世話はいつもやってるので、大得意です。

 今日はカフェを休みにして、郡さんの看病をしましょう!


 意気込むザラメと裏腹に、指先がどうしてか震えていました。


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