「そ、それで! 看病って、何をすればいいんですか?」
ザラメの質問に、コスズちゃんは少し考えてから答えました。
「うーん…………おかゆ、作る。とか……」
「はい! おかゆ作ります!! 真心込めて!」
料理はいつも郡さんに止められますし、失敗もしちゃいますが、今日こそは大丈夫です。
きっとうまくいきますよ!
「分かった……じゃあおかゆ、作ろう……」
「はい!」
名付けて『おかゆでぽかぽか大作戦』です!
さっそく、お米の入った袋を炊飯器に入れ……。
「ザラメ……それ、小麦粉……」
「え?」
————
うっすら目を開く。
明かりの消えている、何の変哲もない円形の電灯が、俺と目を合わせている。
額は、夏の砂浜みたいに熱い。
そして薄暗い室内は、静けさに包まれて……。
「ああ、火がぁ!!」
「お水、お水……」
「ああ、水がぁ!!」
「雑巾、雑巾……」
「ああ、お皿がぁ!!」
「チリトリ、チリトリ……」
隣の部屋……キッチンが騒がしい。
……何やってんだ、あいつら。
さしずめ、俺がいない今がチャンスとばかりに、振るわなくて良い腕をぶんぶん振ってクッキングしているんだろう。
余計なことしかしねぇな、あのザラメは。
ああ。
止めるのも煩わしい。
というかそもそも、身体が重くて動けねぇ。
しばらくすると、キッチンはしんと静まった。
さっきの騒がしさとの差が、怖いぐらいだ。
まるで、台風の前触れみたいで……。
「……もう一眠り、する」
「郡さん!!」
扉をバンと勢いよく開け、そいつはずかずか入ってきた。
……ザラメのおでましだ。
タオルを持って、仰向けになってる俺の側に腰掛ける。
「お身体、しっかり拭きますよ! 汗で身体が冷えちゃダメですから!」
返事する気力も起こらん。
「ささっ、身体を起こしてください!」
「そんな体力ねぇ……ってうぉい……?!」
左腕を重くそ引っ張られて、無理やり起こされた。
あれよあれよと服を脱がされ、されるがままに、タオルで拭かれる。
ゴシゴシと、壁や床にこびりついた汚れを擦るように。
それ乾布摩擦って言うの!!
「い、いてぇ……」
俺のか細い文句も、こいつには多分届いていない。
「……」
ザラメは口をきゅっと結び、言葉を発することなくタオルを動かしていた。
————
震える指先をごまかすように、力を込めて郡さんの肌を拭いていました。
郡さんはさっきから険しい顔をしています。
苦いものを食べた時みたいな、そんな顔。
だから余計に、これで郡さんの熱が下がるか不安で。
「これで、大丈夫ですか?」
「ああ、うん。大丈夫だから。つかさみぃ……」
また布団に戻ってしまいました。
顔を反対側に向けているので、郡さんの表情が見えません。
「寒いんですか?」
「あ、ああ……」
「分かりました! あっためます!!」
ザラメの特技が、役に立ちます。
指先に炎を灯して……。
「ぇ……どうやっあづうううううううああ!!」
着火です!!
前、吹雪で寒そうにしていた時は、これで喜んでました。
今回もこれで、万事解決ですね!!
「どうですか? あったかいですか?」
「ザラ……やめ……」
炎の焚ける音で、郡さんの声が聞こえません。
はっ!
もしかして、まだ寒いんでしょうか?
それなら、もっと熱量を増やしてあげます。
これで郡さんも満足して……。
「け……」
「け?」
「出てけ!! もう部屋入んな……!」
郡さんは、とても怒っていました。
それでいて、辛そうで。
はぁはぁと荒い息は、苦しそうで。
「……はい」
炎がしゅんと消えました。
ザラメは、そう返事をすることしかできません。
自分でも、泣きそうになっているのが分かりました。
それで、すごく居心地が悪くなって……部屋を、出て行ってしまいました。
————
「ゴホッ……殺す気かよ、あいつ……」
炎の熱で、また汗をかいた。
それが空気で冷やされ、余計に寒くなる。
ザラメが出て行った部屋は、言うまでもなく無音そのものだった。
清々する。これでゆっくり心身を休められる。
だけど、なぜか落ち着かない。
時が止まったように。
空気が死んじまったように。
この静けさが、あんまりにも味気なかった。
そんな静寂が取り払われたのは、コスズがおかゆを持ってきてくれた時だった。
フードを脱いだコスズは静かに扉を開け、慎重に鍋と茶碗の乗ったトレーを運ぶ。
「郡……体調は、どう?」
「……あいつのせいで、ゲホッ、絶不調だよ……」
「おかゆ……食べられる?」
「ああ……」
おかゆは、コスズが作ったらしい。
「ザラメは……料理、苦手みたい……だから」
鍋に入った卵がゆを茶碗に注ぎながら、少し困ったように言う。
だろうな。
茶碗に入ったおかゆからは、湯気が昇っている。
コスズは淡い黄色の表面をスプーンで掬い、そのスプーンを俺の口元に持っていく。
「あーん……」
だが、俺がスプーンに口を付けることはなかった。
「なあ……食いたいのか?」
髪に隠れたコスズの視線が、まっすぐスプーン……もとい、おかゆに向かっていたからだ。
「駄目……これ、郡の分」
「そんな食いたそうにされると、逆に食いにくいんだけど」
そう言うと、コスズはそっぽを向いてスプーンを差し出す。
「あーん……」
逆効果なんだよなぁ、それ。
「いいよ、お前が食って。俺、今食欲ないし」
「お腹……空いてない……?」
俺が頷くと、コスズはほくほく顔でおかゆを口に入れた。
本当はなんか腹に入れときたかったが、まあいいや。
茶碗にスプーンの当たる音が部屋に響く。無言でおかゆを食べていたコスズだったが、不意に俺を呼んだ。
「郡。ザラメと、何かあった……?」
コスズは、心配そうに問いかけた。
「いや、特には」
「そう……」
「ケホっ、何だよ」
俺が尋ねると、コスズはおかゆに目を落とす。
答えに困っているようだ。
それでも、コスズはおずおずと口を開く。
「……ザラメ。リビングで、ずっと体育座りして……顔伏せっぱなし……」
「なんでだよ」
「分からない……。郡、知らない?」
「さあ……」
まさか、俺が「出ていけ」って言ったからか?
だが、これぐらいのことはいつも言ってるしな……。
ザラメには割と強くあたってるが、特に傷ついてるようには見えない。
今更センチメンタルになるなんてないだろうし。
あいつを掘り起こしてそれなりに経つが、分からないことも多い。
どうなってんだよ、あいつの思考回路。
おかゆを食べ終えると、コスズは新しいタオルを俺の額の上に置く。
続けて氷入りのプラ袋を、そのタオルの上に乗せてくれた。
至れりつくせりだ。
「また……見に来る」
コスズが扉を閉めると、また一人になった。
穏やかな静寂が、また部屋を包む。
だけど心は、静まってくれない。
――ザラメ。リビングで、ずっと体育座りして……顔伏せっぱなし……。
「何なんだよ……」
心の隅に、しこりのようなものが残った。