デウスの手料理を食べた後。
ザラメは、リビングでテレビのバラエティ番組「クイズカモン」に釘付けになっていた。
「うう、全然当たんないですぅ!」
相変わらずのザラメ。
テレビにかじりつくこいつ傍らで、俺は新聞を広げて胡坐を掻く。
そんな俺の肩をザラメがぶんぶん揺らしてくる。
「郡さん!! これ絶対答えが間違ってると思うんですよ!」
「んなわけねぇだろ、つか揺らすな!」
そんな俺たちから少し離れたところ……キッチンでは、デウスが皿洗いをしていた。鼻歌を歌いながら、手際よく洗剤を流している。
コスズも台所で、デウスの手伝いをしている。
すすぎ終わった食器をせっせと拭く姿は、心なしか上機嫌に見えた。
「すみませんっ。テーブルの片付けだけじゃなく、お皿洗いまでやってもらっちゃって」
「構わんよ。新婚生活の予行演習にもなるからな!」
「だーかーら、結婚はしませんってば!!」
「ふふ。素直じゃないなぁ、愛しのザラメ」
「こいつほどの“バカ素直”、そうそういないだろ」
「ちょっと郡さん、バカとは何ですかバカとは」
デウスに言い返し俺にも言い返し。
今日のザラメは忙しい。
眉間に皺を寄せ、口をへの字にして。
感情を隠せない“
その有様は、さながら悲劇のヒロイン。
「よよよ……郡さんにデウスさん……どうしてザラメの周りには、“困ったさん”ばかりが集まるのでしょう……!」
「“類は友を呼ぶ”ってだけだぞ」
「ザラメも“困ったさん”って言いたいんですか?」
「ご名答!!」
「すっごい笑顔で断定された!?」
だってホントにそうだもん。
「こんなにも郡さんの生活を支えてるのに?! この恩知らず!!」
「
「ぐぬぬぅ……郡さんには、一度力関係を理解させてあげなきゃいけませんねぇ」
「教えてやろうじゃねぇか、どっちが上かってことをなぁ!」
俺たちは、揃って同じ方向に顔を向けた。
その先にあるのは、テレビ画面。
そう。これから始まるのは、ズバリ――。
「いざ!」
「勝負だ!」
「「クイズカモン!!!!」」
————
「……それで、ザラメが負けた。と」
十数分後。
帰ってきたデウスが目にしたのは、顔を伏せて蹲るザラメの姿だった。
「ザラメ……ワカラサレマシタ」
「いやぁ、実に気分が良い」
すっげぇ爽快感。10-0の、首位独走。
少々大人げなかったか?
だが、このぐらい圧倒的な差を見せつけとかねぇと、ザラメには分かんないかもしれないからなぁ。しょーがないよなぁ。
「なおバカにされてる気がしますぅ……」
「しっかりするのだ、ザラメ!!」
駆けつけるデウス。
ザラメの背中に手を回す様は、さながら悲恋もののラストシーンだ。
コスズが部屋の電気を消した。そして懐中電灯を点け、背伸びして上から照らす。
……スポットライトのつもりか?
「このままじゃ……一生郡さんに顎で使われますぅ……クイクイ」
「そんな、ザラメ……!」
「デウスさん、お願いです……ザラメの、仇を……必ず……パタリ」
「ザラメぇえええええええええええ!!!!」
叫ぶデウス。
ここだけ切り取ると感動のワンシーンに見えるのに、その実茶番の摩訶不思議。
「君の思い、受け取ったぞ……さあ青年!! 今度は私と勝負……」
「番組……終わってる……」
「うそぉ?!」
諸行無常とは、まさにこのことだ。
「無念だ……しかし次こそは! 神にして、お隣さんたるこの私が、ザラメを喜ばせてみせよう!!」
ん……?
ヤツの言葉が頭の中で反復する。そして数秒の後、思いっきりデウスに目を合わせた。
と同時に、死人のくせして死んだふりをしていたザラメが、突然頭を上げた。
俺たちの言葉は、重なって。
「「お隣りさん?!?!」」
「ああ、よろしく頼むよ。マイ・シュガー♪」
俺とザラメが、「信じられない」といった表情で見つめ合う中。
「デウス様と……一緒……」
コスズだけが、上機嫌だった。
————
パーティは終わり、しかし今なお、彼女らとの時間がありありと思い浮かぶ。
不思議な感覚だ。これまで知る由もなかった、奇妙であたたかな胸の高鳴り。ザラメとの“これから”を想像するだけで、心が踊る。
……何故私が、こんな感情を抱いているのだろう。
鉄製の階段を鳴らしながら、私とコスズはゆっくり降りていく。
冷たく無機質な音が、肌に沁みつく。
無数の色が混ざり合った黒い夜。空気は生暖かく、少しずつ夏が近づいているのを感じた。
月がぽつりと浮かび、星は疎らにしか見えない。
野鳥のさえずりが微かに聞こえる。
クリーム色の灯りが、アパートの玄関に染みている。一部チカチカと点滅しているのはご愛嬌だ。
「――吹雪を起こしたのは、
一階の玄関スペース。
その傍らに据えられたゴミステーションに袋を押し込め、コスズに尋ねた。
ツカイマに、街の気候を局所的にでも変えることはできないはずだ。
そこまでの力が、そもそも存在しない。
まして私も力が無い以上、私から力を与えることも不可能。
だからこそ、あまりに不可思議だ。
——あの力は、一体どこから来ている……?
私の問いに、コスズは戸惑いながら答えた。
「分からない……急に、すごくお腹が空いて……ムカムカして……」
感情の増幅……果たして自然に起こったなものなのか?
それとも——。
バッテリー切れ間際の電灯が不安定に点滅する。
この世界が壊れそうだと。
無力な神に、そう告げるように。