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第20話 実践、メイドなお店番

 もう昼だ。

 腹が減り始めるそんな中、空腹とは無縁の女が意気揚々と喋りだす。


「では、早速シミュレーションをしましょう!」


 モップ片手に、ザラメが言い放った。

 メイド服が相当気に入ってるのか、上機嫌だ。

 すると、ウキウキで手を挙げるヤツが1人。


「よーっし! では、私が客役をしよう」

「まぁ、デウスさんしかいないからしょうがないですね」

「あ、じゃあ俺も客役を……」

「ダーメーでーす。郡さんは従業員。店長の命令は絶対なんですよ」


 こいつ……都合の良い時だけ店長ぶりやがって。

 その上、ザラメが付け加える。


「郡さんから、やる気を感じません。そんなんじゃ、お給料はあげられませんねぇ」

「てめっ、給料を人質にする気か?!」

「これが店長の権限です!」


 この独裁家が……!

 誰だよこんなヤツ起こしたの。

 俺じゃんバカぁ!


 ……こんなんで、上手くいくのか?






 ――――


「では! いきますよ〜!! デウスさーん、入ってきてくださぁい!」


 ザラメの号令に間髪を入れず、デウスがバンと戸を開ける。

 ドラマとかでよくある、結婚式に飛び込む役者みたいだ。


 ってちょっと待て。

 なんで白タキシード着てんだよこいつ。

 手には青いカーネーションの花束。

 髪も、いつも以上にツヤツヤしてないか?

 足元を見てみると、いつの間にかレッドカーペット敷かれてるし。

 もう嫌な予感しかしないんだが。


 カツカツと靴の音を響かせて歩くデウス。

 あーほら。ザラメも「こんな段取り組みましたっけ?」みたいな顔してるじゃねぇか。

 俺たち3人は唖然として顔を見合わせていたが、ザラメの一声で身体が動く。


「せ、せーの!」


 ザラメとコスズが、スカートの裾を持ち上げてぺこりとお辞儀する。


「おかえりなさいませ、ご主人様!」


 気まずい沈黙は、俺がするのを待つだ。


「ほら、郡さんも」

「却下」

「やってください」

「俺にだって職業選択の自由があるんだぞ」

「……残念です。郡さんの頑張りによっては、ボーナスあげようと思ったのに」

「おかえりなさいませ、ご主人様♡ うふっ♡」

「「「きっっつ……」」」


 揃ってなんか聞こえたが、きっと気の所為だな。

 これもボーナスのためこれもボーナスのため……。


「ご注文はお決まりですか? ご主人様♡」

「チェンジで」

「は?」

「ザラメじゃないと言わん」


 ド突いてやろうかこいつ。

 ザラメに耳打ちをすると、ザラメからため息が漏れる。


「え〜。だってデウスさん、絶対『ザラメ、お持ち帰りで』って言いますよ。ウインク付きで」

「それでも、お前が言わなきゃ進まねぇんだよ」


 俺がそう言うと、ザラメは恨めし気な表情を浮かべる。

 しかし一瞬後、営業スマイルに早変わり。


「ご注文はなんでしょうか?」

「ザラメ、お持ち帰りで」


 一言一句ザラメの予想通りだった。

 デウスがウインクすると、キラリと金色の星が、ザラメの元へ浮遊する。

 しかしザラメは、その星を手の甲で払い除けると……。


 パチン。

 無言で指を鳴らす。

 すると……。


「アヅアアアアアア!!」


 デウスの尻に火が点いて、ロケットみたく飛んでった!!


 緑色の火が、デウスを軽々持ち上げて。

 屋根を突き抜けたデウスは、空へと打ちあがった。

 綺麗な青空が、屋根に開いた穴から覗く。


「ビャアアアアアアァ……!!」


 デウスの叫びが、遠ざかっていく。

 そんなヤツの飛んでった軌道上には、もくもくと煙が伸びている。


「ザラメの秘儀、“ファイア・改”です。これで冷やかし退散です」

「客飛ばしてどうすんだよ!!」




 落ちて来たデウスが、足だけ出して床に突き刺さっている。その足先がピクピクと動いているから、当然生きているわけだが。


 そんなデウスを横目に、諦めたような表情で、ザラメは言う。


「郡さん、やっぱりお客さん役をお願いします」

「へいへい」


 シャツに着替えた俺は、カウンター席に座る。

 お冷を一口飲んだのち、コスズに渡されたメニュー表に、目を通した。

 ザラメの手書きと思われる丸っこい字が、横書きで並んでいる。


「メニューはっと……アイスティーにコーヒーに、シチューにオムライス……じゃあ、シチューで」

「畏まりました!」

「……おいザラメ、料理は冷蔵庫に入れてるから、チンして出すんだぞ。それ以外のことはするなよ」


 俺は身体を乗り出し、ザラメに囁く。


「分かってますよぉ。レンジでチン、ですよね。それぐらいできますぅ」


 ザラメは頬を膨らませ不満げに返すも、すぐに踵を返してバックヤードに向かって言った。

 電子レンジと冷蔵庫は裏に置いてある。


 身を乗り出して覗いてみると、メイド服のザラメがスカートの裾を持ち上げ歩いていた。動きにくそうだ。

 ザラメのお気に入りみたいだし、そうそう脱がねぇだろうな。


 冷蔵庫からシチューが取り出され、レンジにコトンと音を立てて置かれる。


 よし、ここまでは順調だな。


 俺が安堵の息をついて、椅子に座りなおすと。


「ザラメが心配なのか?」


 復活したデウスに、そんなことを聞かれる。

 砂埃を払いながら俺の横に座るデウスに、俺は素っ気なく返した。


「んなわけねぇだろ、心配なのはシチューのことだ。変なアレンジをされたらたまったもんじゃない」

「ははは、それはそうだ。……青年は、ザラメの願いを叶えようとしている。カフェを繁盛させたいという望みをだ。それは、ザラメのためか?」

「冗談じゃねぇ、あくまで俺の生活のためだ」

「君は相変わらずだな」


 そう言ってデウスは、朗らかに笑う。


 ‥‥‥にしてもこいつ。ザラメが絡まなかったら普通に好青年なんだよな。なんでそこまでザラメに執着するのやら。

 そんなことを考えながら、ぱらりとメニューを捲っていると。


 ドォオオオオオオオン!!


 爆発音とともに、突き上げるように床が揺れる。

 バックヤードに駆け込むと、解体新書な電子レンジと、そこから立つ青い火柱、そしてシチューをかぶったザラメが目に入った。


「ザラメぇ!! てめぇ何した!!」

「えへへ……なかなかあったまらなかったので、ちょっと火を……」

「バカかお前!! コスズ、氷で火を消してくれ!」

「お腹が空いて……力でない」

「こんの……!」


 俺は立ち上がり、店の隅に備え付けてある消火器を手に取る。

 そんで火に向かって、傍にいたザラメごとぶっかける。


 数十秒吹きかけると、完全に鎮火した。

 胸を撫でおろす俺に、真っ白になったザラメが詰め寄る。


「もう、ザラメにまでかけなくたって良いじゃないですか!! ……うう、折角のメイド服が粉塗れ……」


 ザラメが、残念そうにメイド服を見下ろした。

 目にはうっすら涙を浮かべて。


「別にいいだろ、服の1着や2着」

「……」


 あっ。


 俺のその一言で、空間が凍りついた気がした。


「お気に入りなのに……そんな言い方……!」


 デウスもコスズも、顔に不安と戸惑いを滲ませている。


「郡さん……」


 声は、震えていた。


「クビです! 出てってください!!」


 ザラメは、普段と比べようがないぐらいの剣幕で、そう叫んだ。

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