もう昼だ。
腹が減り始めるそんな中、空腹とは無縁の女が意気揚々と喋りだす。
「では、早速シミュレーションをしましょう!」
モップ片手に、ザラメが言い放った。
メイド服が相当気に入ってるのか、上機嫌だ。
すると、ウキウキで手を挙げるヤツが1人。
「よーっし! では、私が客役をしよう」
「まぁ、デウスさんしかいないからしょうがないですね」
「あ、じゃあ俺も客役を……」
「ダーメーでーす。郡さんは従業員。店長の命令は絶対なんですよ」
こいつ……都合の良い時だけ店長ぶりやがって。
その上、ザラメが付け加える。
「郡さんから、やる気を感じません。そんなんじゃ、お給料はあげられませんねぇ」
「てめっ、給料を人質にする気か?!」
「これが店長の権限です!」
この独裁家が……!
誰だよこんなヤツ起こしたの。
俺じゃんバカぁ!
……こんなんで、上手くいくのか?
――――
「では! いきますよ〜!! デウスさーん、入ってきてくださぁい!」
ザラメの号令に間髪を入れず、デウスがバンと戸を開ける。
ドラマとかでよくある、結婚式に飛び込む役者みたいだ。
ってちょっと待て。
なんで白タキシード着てんだよこいつ。
手には青いカーネーションの花束。
髪も、いつも以上にツヤツヤしてないか?
足元を見てみると、いつの間にかレッドカーペット敷かれてるし。
もう嫌な予感しかしないんだが。
カツカツと靴の音を響かせて歩くデウス。
あーほら。ザラメも「こんな段取り組みましたっけ?」みたいな顔してるじゃねぇか。
俺たち3人は唖然として顔を見合わせていたが、ザラメの一声で身体が動く。
「せ、せーの!」
ザラメとコスズが、スカートの裾を持ち上げてぺこりとお辞儀する。
「おかえりなさいませ、ご主人様!」
気まずい沈黙は、俺がするのを待つ
「ほら、郡さんも」
「却下」
「やってください」
「俺にだって職業選択の自由があるんだぞ」
「……残念です。郡さんの頑張りによっては、ボーナスあげようと思ったのに」
「おかえりなさいませ、ご主人様♡ うふっ♡」
「「「きっっつ……」」」
揃ってなんか聞こえたが、きっと気の所為だな。
これもボーナスのためこれもボーナスのため……。
「ご注文はお決まりですか? ご主人様♡」
「チェンジで」
「は?」
「ザラメじゃないと言わん」
ド突いてやろうかこいつ。
ザラメに耳打ちをすると、ザラメからため息が漏れる。
「え〜。だってデウスさん、絶対『ザラメ、お持ち帰りで』って言いますよ。ウインク付きで」
「それでも、お前が言わなきゃ進まねぇんだよ」
俺がそう言うと、ザラメは恨めし気な表情を浮かべる。
しかし一瞬後、営業スマイルに早変わり。
「ご注文はなんでしょうか?」
「ザラメ、お持ち帰りで」
一言一句ザラメの予想通りだった。
デウスがウインクすると、キラリと金色の星が、ザラメの元へ浮遊する。
しかしザラメは、その星を手の甲で払い除けると……。
パチン。
無言で指を鳴らす。
すると……。
「アヅアアアアアア!!」
デウスの尻に火が点いて、ロケットみたく飛んでった!!
緑色の火が、デウスを軽々持ち上げて。
屋根を突き抜けたデウスは、空へと打ちあがった。
綺麗な青空が、屋根に開いた穴から覗く。
「ビャアアアアアアァ……!!」
デウスの叫びが、遠ざかっていく。
そんなヤツの飛んでった軌道上には、もくもくと煙が伸びている。
「ザラメの秘儀、“ファイア・改”です。これで冷やかし退散です」
「客飛ばしてどうすんだよ!!」
落ちて来たデウスが、足だけ出して床に突き刺さっている。その足先がピクピクと動いているから、当然生きているわけだが。
そんなデウスを横目に、諦めたような表情で、ザラメは言う。
「郡さん、やっぱりお客さん役をお願いします」
「へいへい」
シャツに着替えた俺は、カウンター席に座る。
お冷を一口飲んだのち、コスズに渡されたメニュー表に、目を通した。
ザラメの手書きと思われる丸っこい字が、横書きで並んでいる。
「メニューはっと……アイスティーにコーヒーに、シチューにオムライス……じゃあ、シチューで」
「畏まりました!」
「……おいザラメ、料理は冷蔵庫に入れてるから、チンして出すんだぞ。それ以外のことはするなよ」
俺は身体を乗り出し、ザラメに囁く。
「分かってますよぉ。レンジでチン、ですよね。それぐらいできますぅ」
ザラメは頬を膨らませ不満げに返すも、すぐに踵を返してバックヤードに向かって言った。
電子レンジと冷蔵庫は裏に置いてある。
身を乗り出して覗いてみると、メイド服のザラメがスカートの裾を持ち上げ歩いていた。動きにくそうだ。
ザラメのお気に入りみたいだし、そうそう脱がねぇだろうな。
冷蔵庫からシチューが取り出され、レンジにコトンと音を立てて置かれる。
よし、ここまでは順調だな。
俺が安堵の息をついて、椅子に座りなおすと。
「ザラメが心配なのか?」
復活したデウスに、そんなことを聞かれる。
砂埃を払いながら俺の横に座るデウスに、俺は素っ気なく返した。
「んなわけねぇだろ、心配なのはシチューのことだ。変なアレンジをされたらたまったもんじゃない」
「ははは、それはそうだ。……青年は、ザラメの願いを叶えようとしている。カフェを繁盛させたいという望みをだ。それは、ザラメのためか?」
「冗談じゃねぇ、あくまで俺の生活のためだ」
「君は相変わらずだな」
そう言ってデウスは、朗らかに笑う。
‥‥‥にしてもこいつ。ザラメが絡まなかったら普通に好青年なんだよな。なんでそこまでザラメに執着するのやら。
そんなことを考えながら、ぱらりとメニューを捲っていると。
ドォオオオオオオオン!!
爆発音とともに、突き上げるように床が揺れる。
バックヤードに駆け込むと、解体新書な電子レンジと、そこから立つ青い火柱、そしてシチューをかぶったザラメが目に入った。
「ザラメぇ!! てめぇ何した!!」
「えへへ……なかなかあったまらなかったので、ちょっと火を……」
「バカかお前!! コスズ、氷で火を消してくれ!」
「お腹が空いて……力でない」
「こんの……!」
俺は立ち上がり、店の隅に備え付けてある消火器を手に取る。
そんで火に向かって、傍にいたザラメごとぶっかける。
数十秒吹きかけると、完全に鎮火した。
胸を撫でおろす俺に、真っ白になったザラメが詰め寄る。
「もう、ザラメにまでかけなくたって良いじゃないですか!! ……うう、折角のメイド服が粉塗れ……」
ザラメが、残念そうにメイド服を見下ろした。
目にはうっすら涙を浮かべて。
「別にいいだろ、服の1着や2着」
「……」
あっ。
俺のその一言で、空間が凍りついた気がした。
「お気に入りなのに……そんな言い方……!」
デウスもコスズも、顔に不安と戸惑いを滲ませている。
「郡さん……」
声は、震えていた。
「クビです! 出てってください!!」
ザラメは、普段と比べようがないぐらいの剣幕で、そう叫んだ。