朝飯と着替えを済ませた俺たちは、いよいよ海にご挨拶だ。
青い空の下に広がる海は、穏やかに寄せては返し。水面は、宝石みたいに煌めいている。
太陽は眩く、熱気は肌を刺すほどに強烈だった。海パン一丁はマズかったかもしれない。
見渡せば、あちらこちらでパラソルが咲いている。赤に緑に黄色に紫。純色の群れは、青と白に満ちた凪を賑やかに彩っていた。
白い砂浜には足跡が無数に刻まれ、人々の喧騒が空に海に溶けていく。朝とは大違いだ。
そんな開放感に満ちた渚で、波を背に胸を張るキョンシーが1人。
男の視線を釘付けにし本能を疼かせる、何とも罪なパッと見美少女。が、そいつは一切気に留めず。髪を潮風に靡かせながら、言い放ったのだ。
「特訓ですよ、郡さん!!」
上下の繋がった黒い水着から、白い肌が露出している。
でもって、腕に抱えるのは緑の丸い物体――。
「おいザラメ。その手に持ってるのは、ひょっとしなくてもアレか?」
俺が指さす野菜を胸の前に掲げ、ザラメは元気よく言った。
「はい! カボチャです!!」
「なんでだよ!? 普通ここはスイカだろ?!」
季節感が狂ってやがる。
今は夏。カボチャと言ったら秋とか冬だろ。
「郡さん知ってますか? カボチャの収穫時期って、実は夏なんです」
「マジかよ」
「マジです!」
この間、農家の手伝いに行った時に教えてもらったらしい。で、このカボチャは収穫作業のお駄賃ってことで貰ったと。
よく見たら足元にも5、6個転がってる。もうここだけハロウィンじゃねーか。
「にしても、この暑さじゃ腐るだろ」
「それが狙いだよ、青年」
隣に並び立ったのは、デウスだ。
上はシャツ、下は海パン、加えてサングラスというシンプルな取り合わせなのに、物足りなさを一切感じない。
全身こんがり焼けているのは、多分ザラメにやられたからだろう。しかしそれすら、真夏の浜辺にマッチしてやがる。
JKや婦人の心を捉えて離さない、罪深きぱっと見イケメン。が、そいつは外野に目も暮れず。サングラスのツルを軽く上げて言った。
「地脈を使いこなせば、カボチャは腐らないのだ」
「腐らないのだ……」
デウスの脇には、ラッシュガードを纏ったコスズが侍る。デウスとお揃いのサングラスをかけて、しっかり夏を満喫していた。
海の家で買ったとうもろこしにかぶりつく姿は、小動物そのものだ。
「どういうことだよ」
「地脈には、“保存”の効力があるようだ」
「保存?」
「ザラメが自らの地脈を注ぐことで、カボチャの鮮度を保つことができる」
そんな便利能力あったのかよ。
「地脈の注入によって、モノの性質を変化させることができると考えられるな。“保存”も、性質を変化させた結果の1つなのだろう」
よく分かんねぇけど、色々あるんだな。
「まぁ、あくまで使いこなせばの話だが」
「と、言うと?」
「ここからはあくまで憶測なのだが、注ぐ力が足りなければ腐る。そして過剰であれば……」
「郡さん大変です! カボチャから蔦がニョキニョキと!!」
「だからなんでだよ?!」
ザラメの持つカボチャから、無尽蔵に伸びる蔦。主の手を離れ、ぐんぐん大きくなっていく。
蔦同士が絡みあい、大きな脚へと進化して。そうして、8本もの脚が砂浜に固定されていた。カボチャ本体には、裂けた大きな口が。
「なんじゃこりゃ……」
あっという間に、巨大ジャック・オー・ランタンの誕生だ。
これもザラメの、キョンシー力ってヤツなのか。
「ほええ……」
が、当のザラメは巨大カボチャを見上げて唖然とするのみ。
……さては、自分の力をよく分かってねぇな。
そしてそれだけでは終わらない。このカボチャ野郎、突然砂浜を蹴って進み始めたのだ!
滑るように砂浜を這う様は、さながら獲物を追うは虫類。
しかも速い。ザラメや俺をあっという間に通り過ぎ、風が遅れて髪をはためかせる。
でも何だろう、この流れは既視感が……
「ぎゃああああああああああ!!!!」
振り返った先で、カボチャはデウスに一直線!
蔦を足のように走らせ、獲物を追いかける。
大口を開け、丸呑みする気満々だ。
周りの奴らは、逃げる気配がない。つーか、ビビってる様子さえない。
好奇心に抗えないか、野次馬魂に火が点いたか。次々とスマホを取り出し、写真を収めている。
デウスとカボチャの距離が、みるみるうちに縮んでいく。
「おー好かれてんなぁお前」
「言うとる場合かぁ!!」
「ザラメ……恐ろしい子……」
「言うとる場合かぁ!!」
コスズや野次馬たちも次々と声援を送る。
「デウス様、ファイト……」
「頑張れ〜!」
「いけ〜!」
「応援していないで助けてくれたまええええ!!」
逃げ惑うデウスを遠くから眺める中、ふと疑問が浮かぶ。
「にしても、なんであいつばっかり狙うんだ?」
前も、ザラメお手製のメイプルに吸われてたし。
一応神ってことで、その力を求めてるのかとも思ったが、力の大部分は無いって言ってたような。
「きっと、今朝の浴衣の敵討ちですよ。あれはザラメも、堪忍袋の尾が切れそうでしたからね。さすがポタージュ君です!」
名前が煮込まれた後なんだが。
「デウスさーん、これがザラメの気持ちです!!」
「だってよ、受け取ってやったらどうだー!」
「なぬ?!」
ザラメの言葉に、デウスは急旋回。
涎をを垂らし、前のめりに口を開けるカボチャへ一歩踏み出す。
「そうだ、私は何を恐れていたのだろう。今こそ思いが交わり、1つになる時……これはザラメの気持ちで、私への愛で、聖なる誓いなのだ」
唱えながら、目を輝かせていくデウス。
まあそういうことで良いんじゃねぇの。
「ならば答えは明白! ザラメ、私とひと……」
言い終える前に食われちまった。
良かったなデウス、1つになれたぞ。
ついでに言うと、周りもカボチャに夢中だ。陶酔したような目で、カボチャを見上げている。
そんでもって、肝心のザラメはというと……。
「キョンシー力1段階UPです! でも、1体が現界みたいですね。もっと鍛えないと……!」
何が基準かは分からんが、キョンシー力が上がったらしい。バインダーを持ち、挟んだ紙にチェックを付けていた。
「かぷりんちょ……」
平然ととうもろこしを食うコスズの傍らで。一部始終を見届け、俺は思うのだった。
……あのカボチャどうすんだよ。