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第37話 混沌? 夏めく浜辺で愛を一口

 朝飯と着替えを済ませた俺たちは、いよいよ海にご挨拶だ。


 青い空の下に広がる海は、穏やかに寄せては返し。水面は、宝石みたいに煌めいている。

 太陽は眩く、熱気は肌を刺すほどに強烈だった。海パン一丁はマズかったかもしれない。


 見渡せば、あちらこちらでパラソルが咲いている。赤に緑に黄色に紫。純色の群れは、青と白に満ちた凪を賑やかに彩っていた。

 白い砂浜には足跡が無数に刻まれ、人々の喧騒が空に海に溶けていく。朝とは大違いだ。


 そんな開放感に満ちた渚で、波を背に胸を張るキョンシーが1人。

 男の視線を釘付けにし本能を疼かせる、何とも罪なパッと見美少女。が、そいつは一切気に留めず。髪を潮風に靡かせながら、言い放ったのだ。


「特訓ですよ、郡さん!!」


 上下の繋がった黒い水着から、白い肌が露出している。

 でもって、腕に抱えるのは緑の丸い物体――。


「おいザラメ。その手に持ってるのは、ひょっとしなくてもアレか?」


 俺が指さす野菜を胸の前に掲げ、ザラメは元気よく言った。


「はい! カボチャです!!」

「なんでだよ!? 普通ここはスイカだろ?!」


 季節感が狂ってやがる。

 今は夏。カボチャと言ったら秋とか冬だろ。


「郡さん知ってますか? カボチャの収穫時期って、実は夏なんです」

「マジかよ」

「マジです!」


 この間、農家の手伝いに行った時に教えてもらったらしい。で、このカボチャは収穫作業のお駄賃ってことで貰ったと。

 よく見たら足元にも5、6個転がってる。もうここだけハロウィンじゃねーか。


「にしても、この暑さじゃ腐るだろ」

「それが狙いだよ、青年」


 隣に並び立ったのは、デウスだ。

 上はシャツ、下は海パン、加えてサングラスというシンプルな取り合わせなのに、物足りなさを一切感じない。

 全身こんがり焼けているのは、多分ザラメにやられたからだろう。しかしそれすら、真夏の浜辺にマッチしてやがる。

 JKや婦人の心を捉えて離さない、罪深きぱっと見イケメン。が、そいつは外野に目も暮れず。サングラスのツルを軽く上げて言った。


「地脈を使いこなせば、カボチャは腐らないのだ」

「腐らないのだ……」


 デウスの脇には、ラッシュガードを纏ったコスズが侍る。デウスとお揃いのサングラスをかけて、しっかり夏を満喫していた。

 海の家で買ったとうもろこしにかぶりつく姿は、小動物そのものだ。


「どういうことだよ」

「地脈には、“保存”の効力があるようだ」

「保存?」

「ザラメが自らの地脈を注ぐことで、カボチャの鮮度を保つことができる」


 そんな便利能力あったのかよ。


「地脈の注入によって、モノの性質を変化させることができると考えられるな。“保存”も、性質を変化させた結果の1つなのだろう」


 よく分かんねぇけど、色々あるんだな。


「まぁ、あくまで使いこなせばの話だが」

「と、言うと?」

「ここからはあくまで憶測なのだが、注ぐ力が足りなければ腐る。そして過剰であれば……」

「郡さん大変です! カボチャから蔦がニョキニョキと!!」

「だからなんでだよ?!」


 ザラメの持つカボチャから、無尽蔵に伸びる蔦。主の手を離れ、ぐんぐん大きくなっていく。

 蔦同士が絡みあい、大きな脚へと進化して。そうして、8本もの脚が砂浜に固定されていた。カボチャ本体には、裂けた大きな口が。


「なんじゃこりゃ……」


 あっという間に、巨大ジャック・オー・ランタンの誕生だ。

 これもザラメの、キョンシー力ってヤツなのか。


「ほええ……」 


 が、当のザラメは巨大カボチャを見上げて唖然とするのみ。

 ……さては、自分の力をよく分かってねぇな。


 そしてそれだけでは終わらない。このカボチャ野郎、突然砂浜を蹴って進み始めたのだ!

 滑るように砂浜を這う様は、さながら獲物を追うは虫類。

 しかも速い。ザラメや俺をあっという間に通り過ぎ、風が遅れて髪をはためかせる。


 でも何だろう、この流れは既視感が……


「ぎゃああああああああああ!!!!」


 振り返った先で、カボチャはデウスに一直線!

 蔦を足のように走らせ、獲物を追いかける。

 大口を開け、丸呑みする気満々だ。


 周りの奴らは、逃げる気配がない。つーか、ビビってる様子さえない。

 好奇心に抗えないか、野次馬魂に火が点いたか。次々とスマホを取り出し、写真を収めている。


 デウスとカボチャの距離が、みるみるうちに縮んでいく。


「おー好かれてんなぁお前」

「言うとる場合かぁ!!」

「ザラメ……恐ろしい子……」

「言うとる場合かぁ!!」


 コスズや野次馬たちも次々と声援を送る。


「デウス様、ファイト……」

「頑張れ〜!」

「いけ〜!」

「応援していないで助けてくれたまええええ!!」


 逃げ惑うデウスを遠くから眺める中、ふと疑問が浮かぶ。


「にしても、なんであいつばっかり狙うんだ?」


 前も、ザラメお手製のメイプルに吸われてたし。

 一応神ってことで、その力を求めてるのかとも思ったが、力の大部分は無いって言ってたような。


「きっと、今朝の浴衣の敵討ちですよ。あれはザラメも、堪忍袋の尾が切れそうでしたからね。さすがポタージュ君です!」


 名前が煮込まれた後なんだが。


「デウスさーん、これがザラメの気持ちです!!」

「だってよ、受け取ってやったらどうだー!」

「なぬ?!」


 ザラメの言葉に、デウスは急旋回。

 涎をを垂らし、前のめりに口を開けるカボチャへ一歩踏み出す。


「そうだ、私は何を恐れていたのだろう。今こそ思いが交わり、1つになる時……これはザラメの気持ちで、私への愛で、聖なる誓いなのだ」


 唱えながら、目を輝かせていくデウス。

 まあそういうことで良いんじゃねぇの。


「ならば答えは明白! ザラメ、私とひと……」


 言い終える前に食われちまった。

 良かったなデウス、1つになれたぞ。

 ついでに言うと、周りもカボチャに夢中だ。陶酔したような目で、カボチャを見上げている。


 そんでもって、肝心のザラメはというと……。


「キョンシー力1段階UPです! でも、1体が現界みたいですね。もっと鍛えないと……!」


 何が基準かは分からんが、キョンシー力が上がったらしい。バインダーを持ち、挟んだ紙にチェックを付けていた。


「かぷりんちょ……」


 平然ととうもろこしを食うコスズの傍らで。一部始終を見届け、俺は思うのだった。

 ……あのカボチャどうすんだよ。


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