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第36話 生贄の村

 ルナティカ村を後にした私たちは、荒涼とした魔界の大地を進んだ。

 見渡す限りの灰色の平原に、ところどころ黒曜石の岩肌がむき出しになった荒涼とした景色は、旅の疲れを倍増させる。

 しかし、その中にも生命の息吹は確かに存在していた。遠くで見える一群のモンスター、風に揺れる草木。これが私の治める魔界だ。


 しばらく進むと、地平線に緑の帯が見えてきた。

 それは、魔人族の村であるグリーンヘイヴンが近づいていることを示していた。

 緑の広がる景色は、旅の疲れを癒してくれるかのようだった。

 この地域は元々瘴気が少ない地域であり、魔界にも同様の地域がいくつか存在している。


 スカーレットから渡された手紙を読み直すと、カイルという少年の妹に対する深い愛情が伝わってきた。

 グリーンヘイヴンは支配地域ではないので本来は陳情が来ることはないのだが、なんとか助けてあげたいと思う。


 しかし、魔界で最も強い種族であるはずの魔人族が抱える問題は一体何なのだろうか?

 私たちがこれを解決できるだろうか。

 ゾルトはいつものように無表情だが、その眼差しは真剣そのものだ。彼の剣は、私たちが直面する問題を切り開くための一助となるだろう。



 グリーンヘイヴンに到着すると、魔人族の村は活気に満ちていた。

 木造の簡素な住居が密集し、中央には広場が広がっていた。

 広場には露店が並び、魔人族たちが活発に商売をしていた。


 しかし、その活気とは裏腹に、村全体に重苦しい空気が漂っていた。

 それは、何か大きな問題を抱えていることを示していた。その空気は、私たち一行の心にも重くのしかかってきた。


 私たちが誰であるかを知らない村人たちは、恐怖と好奇心で私たちを見つめていた。その中には、希望を託すような眼差しもあった。

 行商人以外の人間族やオーガ族が村に来ることは滅多にないためだ。

 騒ぎを聞きつけて、魔人族の長老がやってきた。


「旅のお方、この村に何の用ですか」


 ゾルトが一歩進み出る。


「このお方は魔王陛下です。この村の者から助けを求める手紙を貰いまして、様子を見に参りました」


 ゾルトの言葉に、村人たちは驚きの声を上げた。しかし、その中には明らかな安堵の表情を浮かべる者もいた。


「差出人は誰ですかな?」


「カイル殿という方です。妹を助けたいという内容です」


 カイルの名前を聞いて、長老は一瞬ギョッとした顔をしたが、すぐに冷静さを取り戻したようだ。

 そして、何かを決意したように、カイルを呼びに行くよう指示した。


「長老、御用でしょうか?」


 やってきたのは13~15歳くらいの小柄な少年だった。

 身長も私より少し低いくらいだ。


「カイル、お前は魔王陛下宛に手紙を送ったのか?この村は王国の支配下に入っていないというのに」


「送りましたよ。だって、この村の人たちはアメリアを見殺しにしようとしているじゃないか!」


「こ、こら……お客人の前でそのようなことを……」


「お客人って……もしかして魔王陛下ですか!」


 カイル君の目が輝き、その声には期待と希望が溢れていた。


「私が魔王ですよ。カイル君、何か困ったことがあるなら私に聞かせてもらえるかな」


 私の言葉に、カイル君の目はさらに輝きを増した。しかし、同時に彼の顔には深い悲しみが浮かんでいた。

 その様子を見て、長老が慌てた表情で割り込んできた。


「魔王陛下、困ります。この村の統治に関する事ですので、無関係の方々にこれ以上踏み込まれては……」


 長老の言葉は、明らかに何かを隠している。しかし、その真意はまだ見えてこない。


「村の統治に口を出すつもりはありません。ただ、私たちでできることならお助けしたいのです。お話を聞くくらいよろしいのでは?それとも聞かれてはマズイ話なのでしょうか」


 長老はさらに困った顔になったが、ついに覚悟を決めたのは事情を話し始めた。


「この村から1キロほど行った山に灼竜フェルドリムという古竜が住んでおります。この竜は数年に1度やってきて生贄を要求するのです。そして今回はカイルの妹、アメリアが選ばれたのです」


「生贄ですって!そんな馬鹿馬鹿しいことをずっと続けているというの!」


 私の怒りに満ちた声が、静まり返った村に響き渡った。


「そうは言われましても、我々ではフェルドリムには勝てませぬ。過去に何度か討伐しようとしたようなのですが、全く相手にならなかったと記録にも残っております」

「我々とて生贄を出したくありませんが、村を守るには他に方法が無いのです」


 古竜が相手となると、問題解決はかなり難しいだろう。

 私たちには豪傑のゾルトがいるが、そのゾルトでも正面から戦ったらあっという間に炭にされてしまうはずだ。


「カイル君の妹を助けようとするなら、フェルドリムを討伐しなければならないでしょうね」

「でも、私たちの力ではどう戦ってよいのか……正直なところ見当もつきません。昔読んだ童話みたいに酒を飲ませて泥酔させるなんてこともできないだろうし……」


 私がそう答えると、長老は少し考え込んでいたが何かを思いついたらしく、意外な提案をしてきた。


「いえ、その作戦は案外上手くいくかもしれません。フェルドリムは大のお酒好きなので泥酔させるまで飲ませることはできそうです」

「泥酔させられれば……皆様で討伐も可能ではないでしょうか」

「もし討伐していただけたら、この村は王国の支配下に入ることをお約束します」


 スカーレットは、できれば支配下に加えたいと言っていたが、その条件が古竜討伐だなんて、いくらなんでもハードルが高すぎる。


「魔王陛下、俺も手伝いますからフェルドリムの討伐をしていただけませんか。長老の言うようにお酒で泥酔させれば無理ではないのでしょ?」


 話が討伐の流れになったので、堪らずカイル君も話に割り込んできた。

 カイル君の言葉には、強い決意と希望が込められていた。それは、彼がどれだけ妹を思っているかを物語っていた。

 だが、ゾルトが冷静に制止した。


「まて、戦場に君のような子供を連れて行くわけにはいかないのだ。妹を助けたい気持ちは分かるがな……」


「ゾルト様、一度お手合わせをお願いできないでしょうか。それで俺の実力が足りないというのなら諦めます」


「よろしい。拙者が相手をしよう。足手まといになると分かれば、同行は諦めてもらうぞ」


 ゾルトとカイル君は木刀を握りしめて、向かい合った。


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