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【ママレード・マーマレード。】
【ママレード・マーマレード。】
卯佐美月
BL現代BL
2025年01月24日
公開日
3.3万字
連載中
俺たちはまだ本物の『愛』というものを知らない。 軍事組織『スターアロー』から抜けて数十年。夜空晴はごく普通の人間としての暮らしを送っていた。何事もない平凡な日常。晴もそれを望んでいた。だが、そんな平穏を崩すようにやってきたのは、元相棒とされていたGK-8だった。晴の働いている牛丼屋に飛び込んできた彼は、組織を離反してきたという。追われる身になった彼を匿うことにした晴の手によって、日常に放り込まれた彼の目に映り込む日常はどう映るのか。

00話:~始まりと再会。~

「いらっしゃい!」


 そんな怒号のような挨拶が飛び交う牛丼屋。街の片隅にあるような古ぼけた外観のそんなところで、夕食の時間帯が落ち着き始めた頃から、深夜帯までアルバイトをしている夜空晴やそらはるは、いつもの通り汗水を垂らして働いていた。


 ――全く、今日も忙しない。


 常連客とのコミュニケーションも大切にしながら、たまたま目について、足を踏み入れたであろう家族客にも笑顔を向ける。赤く長い髪を後ろで三つ編みにし、サイドヘアにはチャラついた緑色のメッシュを入れている。赤色の瞳は、三白眼で目つきが悪いと不評。だから、いつも目を細めて笑っている。

 早く帰りたい、と時々時計を気にしている彼は、右半身がサイボーグ化しているだ。

 その実は、過去に日本史にも世界史にも、どこにも記録されていない大規模な戦争に参加しており、その時に右半身を消失させるほどの大怪我をしてしまったからなのだ。――否、大怪我どころではない。本来なら即死して、すでにこの世には存在していないのだろう。そう彼は、一度命を落としている。だが、彼の所属していた軍事組織『スターアロー』の人間改造技術によって、半身機械人間として生きながらえさせられたのだ。

 当然、気分は最悪だった。ようやく、この最悪な世界とおさらば出来ると思ったのに、心臓の半分を機械にされてまで、戦わせられるなんて。灰色の世界で無意味に人を殺し続けるくらいなら、死んだ方がマシだった。

 そう思った晴は、今はこうして組織から逃れることに成功し、日本という国のどこかの小さな街で平和に暮らしている。


「お兄ちゃんのおてて、ロボットみたいでかっこいい!」

「おっ、分かってるっスねぇ!ありがとうっス」

「ボウズ、この兄ちゃんはな、この街の厄介な悪い奴をこのロボットのおててで、やっつけたことがあるんだぜ?」

「すごーい!お兄ちゃんはヒーローなの?」

「違うっスよ。もう、適当言うのはやめてくださいよ、西田さん」

「西田さんは適当言ってないよな、田中?だってお前見てただろ、この前――」

「そうそう、そうですよ、先輩!あんちゃんかっこよかったよ!」


 まずい、アルバイトの時間もそろそろ終わりたというのに、酒のさかなになってしまったようだ。バツが悪い。

 晴の住むこの街は、日本という平和な国にしては、随分と治安が悪く、不良や裏稼業が暴れることが度々ある少々危険な街なのだ。その喧嘩を見るたびに、「人に迷惑がかかるっスよ」と、輩を成敗しているとことを偶然、常連客に見られ、いつの間にかこの店のヒーローならぬ客寄せパンダとなってしまっていたのだ。

 中立として、悪い男たちを追い返す。晴の目撃情報をまるで、己の武勇伝のように語る常連客に苦笑を浮かべながら、チラリと横目で時計を見るともうすぐバイトの終了時間だ。この日は、本来この時間帯に入っている元気な大学生のバイトが珍しく熱を出し、急遽早くから出勤していたからヘトヘトだ。その分、金は稼げたが。


 さっさと帰って、ビールでも飲みながら寝るか。


 そう不健康なことを思い、常連客に挨拶をして、帰る準備に取り掛かろうとした時だった。不自然なほど、入口の付近がざわめかしいのだ。昔から持っている勘ですぐに異常を感じ取った晴は、エプロンの結び目から手を離して、入口の方へと体を反転させ、視線を向ける。

 その瞬間――ガシャン!と派手な音を立てて、入口のガラスが木っ端微塵に割れた。それなりの強度のくせして、甲高い破裂音と、高低様々な悲鳴。混乱の最中さなかに、何かが飛び込んでくる。

 それのお陰で、店内は大混乱だ。唯一の救いといえば、大体の客が晴と話すために店の奥で団欒としていたことだ。ぱっと見渡す限り、入口の辺りで大怪我をしている客は誰もいない。それにほっと胸を撫で下ろしながら、店の中に飛び込んできた人物を見る。店のガラス窓は、人間が飛び込んできたにしては、珍妙な割れ方をしていたからだ。いくらなんでも普通の人間が投げ飛ばされて来たとしても、ガラスの全てが割れたりなんかしないだろう。目の前で起こった事象は、まるでダンプカーが突っ込んできた時のそれだった。

 怖がる子どもを守りながら、晴が目を細めて見たそれは、灰色の髪をした軍服の男で、晴よりも少し良い体格をしている。傷一つない白い肌に悔しいくらいにつんと高い鼻。キリリとした睨めつけられているようなアイスブルーのつり目は、鋭い眼光が光って見える……ような気がする。例えるなら、宵闇に輝く太陽だ。


「な……アンタは……!?」


 晴は、見覚えのあるに固まる。

 彼は――GK-8だ。晴の戦友で相棒だった。その上、彼は今も現役で一兵士として前線で戦っているはずだ。それなのに、あろうことか気配を消していない晴の存在に気付きもしないなんて。


「……あの」

「!」


 気配を消すこともしないまま、ズカズカと近付き、声をかけると驚くこともなく彼は振り返る。否、彼にしては驚嘆していたらしく、見開いていた目をクールに閉じて、「ああ……お前か……」とこれまた整った声で言った。


「「ああ……お前か……」じゃないっスよ!こんなところで何をしてるのか知らないっスけど、いきなり飛び込んできて、客と店に迷惑かけないでくれませんか!?ここで戦争始められたら、困るんスけど!」

「…………巻いたか」

「ちょっと、聞いてます?ちょっとくらいこっち見――」


 鬼の形相で説教する晴の方を見向きもせず、ずっと真っ暗な闇夜の中を確認しているものだから、とうとう苛々が限界突破し、GK-8がこちらを向くように促した。が――


「しっ」

「あがっ!?」


 外の世界に集中しきっている彼は、隣で怒鳴り続けている晴の後頭部を押さえ、グッと力を入れた。すると、守りの体勢にすら入らせてもらえなかった晴の頭部は、床にめり込みドゴっと音を立てて、床をひび割れさせた。その力は当然、一般の人間以上だ。何故なら彼も晴と同じ、肉体を改造された『肉体強化人間』だから。晴もそうでなければ、きっと今頃お陀仏だっただろう。今この時だけは、所属していた組織に感謝する。しかし、とうとう怒りを爆発させて、ググッと押さえ込んでくるGK-8の手を跳ね除ける。


「ああ!もう!!」

「っ!?」

「何だか知らねえけど来てください!」


 半ば強引に彼の腕を取り、騒然とした牛丼屋を逃げるように飛び出る。「事情は明日にでも話しに来ます!」と、あんぐりと口を開けている店長にそう叫び、夜道を駆けて、闇に消えていったのだった。

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