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3-3.第一の殺人・状況確認その二

「おい、だとしたらやはり勇者が一番疑わしいではないか!」


 魔王の部屋の合鍵の鍵束を所持しており、凶器の『勇者の剣』を唯一使用できる人間。もはや疑いようのない容疑者ではないだろうか。これをここから覆すのは少々無理があるのではないか。


「ですが、勇者は自分の犯行を否認しておりますわ」

「その証言に信憑性はあるのか?」

「周囲の評価では正義感に溢れ、高潔な人柄であったと言われておりますわね」


 だから嘘はつかないとでも言うのであろうか。どんな高潔な人間であっても嘘をつくことはある。特に生真面目な人間ほど何かふとした耐えられない事で暴走してしまうこともある。


 生真面目……? 待てよ……?


「その勇者は正義感に溢れ、高潔なんだな? 私がイメージするところの生真面目で融通の利かないような性格か?」

「まあ、捉えようによってはそのような事もあるかもしれませんわね」

「ならば、こうは考えられないか? 勇者は勇者という役目に忠実で、正義感に溢れ生真面目。自分が世界を救う、魔王を倒し平和な世に導くという責務に誇りと信念を持っていた。それが、ふっと湧いた和平への道。それまで憎むべき相手だった魔王と、にこやかに握手しろといきなり言われても、そう簡単にはできないのではないか? むしろこの和平交渉も魔王の策略と疑念を持ったのではなかろうか? だから、魔王の部屋に行き背後から魔王を討ち取った」


 エリザベートは茶化すことなく真剣に私の話を聞いていた。時折頷くような姿勢すら見せている。


「なかなかに鋭い意見ですわね。では、何故勇者は自分の犯行ではないと言っていたのでしょうか。勇者の責務に準ずるのであるならば討ち取ったことは誇りこそすれ、隠匿する必要はないのではなくて?」

「確かに隠しておく必要はないな。どの道魔王を殺すことのできるのは『勇者の剣』のみ。それを使用するのだから嫌疑は自分へと必ず向く。肯定しても否定しても処分は免れないであろう。むしろ肯定した方が罪は軽くなりそうな気もするな……」


 勇者が魔王を殺害する動機はある。しかし、凶器が絶対的に限定される以上隠し通すことは不可能。ならば普通はその凶器を隠すものではないか。まあ、魔王を殺すことのできる唯一無二の武器なのだから隠しても意味がないと踏んだか? しかし、他に殺害する方法があるやもしれないという可能性を醸し出すことにより、自分から疑いを逸らすこともできたはずだ。


「凶器は現場に残されていたのだな?」

「はい、魔王の背中に突き刺さっていましたわ」


 やはり凶器は残す理由がわからない。


「ちなみになんだが、魔王が殺された時の第一発見者は誰だ?」


 もしかしたら、第一発見者が勇者に罪を着せるために、落ちていた『勇者の剣』を既に死んでいた魔王の遺体に突き刺す……ということをした可能性も考えられる。


「ええと、第一発見者は……魔王と共に人間の国にやってきた従者ですわね。普通に朝、魔王を起こしに行ったところ扉を叩いても返事がない。魔法で開錠して中に入ったところ魔王が死んでいた……ということらしいですわね」

「ふむ、死亡推定時刻は?」

「さあ……。さすがにこの世界では詳細な時間を割り出すことは難しいでしょうね。少なくとも朝方見つかったころには冷たくなっていたようですから、夜の間に殺害されたとしか言えないですわね」

「では、魔王が最後に目撃されたのはいつだ?」

「人間の王との晩餐会の後、部屋で従者と翌日の打ち合わせなどを行っていたようですわね。ですので、人間たちが最後に目撃したのは晩餐会で、従者が目撃したのがその後の部屋で。この従者が犯人でないのなら、その後から翌朝にかけて犯行が行われたことになりますわね」


 従者が魔王の部屋を去った後に犯行が行われたのか……。


「その時間帯にアリバイのない人間は? ……人間という言い方は少し問題があるな。関係者は、と言い換えようか」

「……難しいですわね。時間は深夜。ほとんどの関係者が眠りついているでしょう。証明する手段は皆無に等しいのではないかしら」


 アリバイの証明が不可能な以上誰にでも殺害のチャンスはあるわけか。鍵の問題がクリアされたと仮定しても、やはり『勇者の剣』がネックになる。凶器が扱える人間を固定してしまっているためどうしてもその所有者に疑いがかかる。


「……やはり、勇者の犯行が濃厚過ぎる。これは疑いようがないのではないか?」

「はぁ……では、あまり公表したくはなかった情報を開示することにしますわ」


 なっ……! 情報を隠すなどミステリにあるまじき行為ではないか! 隠匿した情報で推理とは名ばかりの解決をする作品を私は何度も目撃している。それは卑怯な行為だ。


「とは言ってもそう特殊な事ではありませんわ。ただ、絶対にあなたの推理には役に立たないとは思いますけども……」

「情報の取捨選択は私が決めることだ。少しでも関係ありそうなら開示してくれ」


 私の顔をちらりとエリザベートは一瞥すると、静かに瞼を閉じた。


「では……勇者が『犯人であることは絶対にあり得ません』。何故ならば『魂書』に犯行時の記載がないためですわ」


 ……。なん……だと……?


「……どういうことだ?」

「言葉の通りですわ。『魂書』に魔王殺害の記述がありません。なので、魔王を殺害したのは勇者ではない、ということですわ。これは『絶対的』な情報ですので覆ることはありません」

「記述漏れや偽の情報ということは……」

「あり得ませんわ。そういう虚偽や不備の起こるようなものではないのです。超常的なものとして考えなさい。『魂書』に載っていることは須らく『真実』であり、記載がないということは『存在しない』ということ。故に『絶対的』な情報。まあ、少々卑怯だとはわたくしも思いますけれども」


 『絶対的』な『真実』である『魂書』。そこに記載のない以上、勇者は犯人ではない。だが、犯行には勇者でしか使用できない『勇者の剣』が使用された。これはもはや矛盾をしている。どこかしらの前提条件が間違っている、または、何かを誤解していない限りこの謎は解けない。何が間違っている? 何がおかしい?


「……犯人が絶対に勇者でない以上、他の人物が犯人となる。しかし、他の人物には『勇者の剣』は使用できない。これは八方塞がりだ。矛と盾、大いなる矛盾だ。まだ、情報が足りていないのか?」

「……そうですわね。では、その『勇者の剣』について詳しく掘り下げてみましょうか」


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