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第3話 熱い再会。

「はあぁ〜あ。完全に終わったな……」


 不運な非正規船の船長は息を吐いて呟いた。


 船の制御システムを乗っ取られただけでなく、緊急時の縮退運転用スレーブシステムも海賊の放ったQCブラスタにより破壊された為である。


 もはや、救命艇の射出すら叶わないのだ。


「そうね」


 相槌を返した女は既にレイガンの銃口を下ろし、脅迫者から乗客の立場に戻っていた。


「あんた──苛つくほどに落ち着いてやがるな?」

「あなたもね」

「ハッ」


 船は動かせず、外にも出られない。


 つまりは、海賊船ブラックローズ号の接舷を待つだけの時間である。絞首台に乗せられ足場が外されるまでの一時ひとときと言い換えても良い。


 なお、「出会った者は、必ず殺される」という世評について正確性を期すならば、宙域警邏を担う軍の艦艇と略奪する資材を持ち合わせていない船の乗員に限られる。


 但し、乗客が一人だけの非正規旅客船は、間違いなく後者のケースに含まれるだろう。


 ──ま、ともあれ俺等は死ぬってわけさ。


 現代社会の落伍者となりつつある船長は、全てにおいて諦めるのも早かった。


「しかし、妙だな」


 死を受け入れると、単純な疑問が脳裏に浮かんだ。


「海賊どもの狩り場はトロヤ群のはずだろ」


 トロヤ群とは木星近傍の小惑星帯で、大断絶以降は希少鉱石の採掘場として再開発されている。


 結果として多数の作業船と運搬船が火星との間を行き交うようになったが、軍による警邏活動も虚しくブラックローズ率いる海賊の主たる収入源とされていた。


「バケモノ──、南極百足ムカデが涌きやがる地球圏にまで出張ってるのが解せん。ふむん、いったいどういうつもりなんだろうな」


 南極百足ムカデについては後に語るが、発生源と外観を的確に表現した呼称と言える。


 船長が地球圏行きを忌避した理由でもあった。


 兎にも角にも南極百足ムカデとは凶暴凶悪なのだ。


「私も半信半疑だったのだけど、ようやくこれで確信を得たわ。軍と公安が血眼になって探しても未だ判然としない場所──」


 船長の疑問に応えたというより、何かを独白するかのような口調である。


 ──ったく。遠い目をして語ってる場合なのかね……。


 接舷支援システムによる舷窓からの明滅する光に照らされる顔貌を見ながら、果たしてこの女は肝が座っているのか、自分と同じく世を捨てた人間なのかを考えていた。


「拠点を地球圏に置いていたとはね。軍も公安も本腰を入れて調査しない、という意味では安全なのかもしれないわ」

「さすがに無理があるだろ。南極百足ムカデの餌になっちまうぞ」

「どうかしら」

「まあ、いいや。それより、そろそろ出迎えの準備をしねぇと──おっとと」


 と、船長が腰を上げたところで、瞬間的に慣性制御に乱れが生じた。


 制御権を奪われた船は何のアラートも上げていないが、並走するブラックローズ号は淡々と正規のプロトコルで接舷を終えたのだ。


 こうなっては海賊による乗っ取りというより、公安艦による臨検に等しかった。


「噂と違ってお上品な海賊だったりしてな」

「──」


 軽口を叩きながら船長は客席へ向かう。


「何をするつもり?」

「勿論、準備だよ」


 後手にショートソードを握り、右舷ハッチへ通じる扉の脇に立った。待ち伏せして不意打ちを食らわせるつもりなのだ。


「止めなさい。あなたで勝てるわけがない」

「ふん」


 男の矜持か、あるいは単なる捨て鉢なのかもしれない。実のところ本人にも良く分からなかった。


「これでも元軍人でね」

「だとしても、かつての──」


 大断絶以前のベルニク領邦軍とオリュンポス評議会の率いる軍は根本的なドクトリンが異なる。


 再び光速度の壁に覆われた太陽系は、異種に侵された地球圏から目を逸らせば、もはや宇宙空間における大規模な戦闘行為を想定する必要が無かった。


 第三次まで実施され全て敗戦した南極百足ムカデ討伐による経済的疲弊もそれを助長したのである。


 現在の軍は治安維持のみに汲々としており、銀河最強の揚陸部隊など見る陰もない。


「いや、俺はそのかつての生き残りだ。恥晒しのな」


 新しい社会に馴染めぬ男は、只々死所を間違えた、と悔み続けて来たのである。


「閣下のファーレン遠征軍に──なんて与太を酔えば必ず考えちまう」


 遥か彼方で開かれた会戦の勝敗など知る由もないが、仮に敗北していたとしても遠征軍はベルニク軍人として死ねたのだ。


「中央管区艦隊の散った月面防衛戦でも良かった」


 だが、木星方面管区艦隊の士官として生き残った男は、新たな権力構造下で領邦軍解体や公職追放という憂き目に遭ってきたのである。


「あなた──死にたいの?」

「まさに俺も今気付いたんだが、そうらしいぜ」


 尚且つ、お誂え向きの状況である。


「前々から気に入らねぇと思ってたんだよ」

「海賊を?」

「いや、ブラックローズって名前は──おい、来るぞ」


 船長の顔に緊張が走った。


 右舷ハッチから客室の扉までの通路は僅かな距離で遮蔽物もない。


 窮鼠猫を噛むかの如く刺突を繰り出そうと船長は超硬セラミック製のショートソードを逆手に構えた。


 だが、静かに開かれた扉の先には──、


「え!? え? ええ?」


 美しい女が一人だ。


 おまけにベルニク領邦軍の制服姿である。


「ど、どういう事なんだぜ?」


 と、狼狽える男には目もくれず、意外な来訪者は乗客の女へ歩み寄っていく。


 暫し相手を睨み据えた後、腰に吊るしたサーベルの柄を握って口を開いた。


「貴様が裏切った理由を教えてもらおう」


 来訪者──ジャンヌ・バルバストルの声音は常にも増して冷えている。


「ロベニカ」


 遮光グラスが彼女の表情を消していた。


「どうあれ殺すのだが」

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