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第4話 人民による暁の主権奪還作戦。

 火星圏及び木星圏並びにトロヤ小惑星帯群民主解放同盟軍、略して解放同盟軍はシビリアン・コントロールを原理原則とした暴力装置である。


 つまり、解放同盟軍は、オリュンポス評議会により組織された公安委員会の意向に逆らう事は許されない。


「あのさぁ、何回言ったら理解できるわけ? そんな事だから、お宅等みたいな長靴屋さんは視野が狭いって馬鹿にされるのよぉ」


 昨今、急速に幅を利かせ始めたユニセックスな雰囲気を纏う男だった。


 故に人当たりは柔らかいのだが、彼の示す表情、口調、言葉の端々に、己の優位性に対する驕りが見え隠れしている。


 胸に光る黄金の鷹をあしらった徽章が全てを正当化してくれる為だ。


「ってなわけで今回もぉ──」


 公安委員会の男は、執務机の上にうず高く積まれた書類の束を乱雑に脇へ押しやった。


 EPR通信と共にニューロデバイスの照射モニタを失ったオビタルは、新たな喪失への警戒心から公的文書は紙媒体へ先祖還りしている。


「ぼーちゅっ」(※「没っ」)

「き、貴様ッ、オカマの分際で儂の──」

「いやはや、さすがはマクシミリアン閣下でございます」


 顔を朱色に染めてカイゼル髭を震わせる大男を後ろから押しのけて、聡明そうな青年が穏やかな声音で両者に割って入った。


 公安委員会、監査部主任マクシミリアンの前に立たされているカイゼル髭と見目麗しき青年は、何れも解放同盟軍の些か野暮ったい制服姿である。


 ベルニク領邦軍の制服にあった意匠性は欠片もなく、黒い無骨なコンバットブーツがやたらと目立つ姿は長靴屋などと揶揄される事も多い。


「前回、前々回、前々々回、前──とまあ、常々朝日の如く作戦計画の不備を照らして頂き、南極方面隊司令部一同、感謝に堪えませんッ!」

「あら、ディオ君ってば相変わらず良い子ね」

「恐縮です」


 と、ディオ・ニクシーは優雅に一礼して見せた。バスカヴィ地区の浮浪児であった頃の面影はヴォルヴァ幼年学校時代に洗い流されたのだ。


「オリヴァー氏とは大違いね」

「ぐぬぬぬぬ」


 と、ディオは歯噛みする上司を宥めるように背を撫でながら言葉を続けた。


「本作戦計画立案における連日の激務で、オリヴァー・ボルツ司令は少々お疲れなのかもしれません」

「ふんふん」

「さて──、今回は監査部方々より頂戴しております1024ひとまるにいよんケのご指摘に対応し、かねてよりの懸案である南極降下時の兵站線につきましても大幅に強化しております。結果、兵棋演習においては味方の損耗大なれども敵の巣穴を封鎖するに至り──」


 解放同盟軍の主任務は、火星圏、木星圏、トロヤ小惑星帯群の治安維持である。


 だが、その中で南極方面隊のみは毛色が異なった。


 第三次討伐失敗以降も南極百足ムカデ駆除と巣穴の封鎖を存立理由としており、厳しい予算に堪え忍びながら辛うじて命脈を保ってきたのだ。


「──と、以上が、第四次討伐作戦の概略となります。なお、正式な作戦名称は教化委員会の提言を踏まえまして──コホン」


 "教化委員会"というフレーズに益々渋面となったオリヴァーを他所に、ディオは軽く咳払いをしてから爽やかな笑みを浮かべた。


「その名も、"人民による暁の主権奪還作戦"と命名致しましたッ!!」

「んまああっ♪」


 オリヴァー・ボルツは両手の指を戦慄かせているが、対するマクシミリアンは両手を眼前で合わせて嬌声を上げた。 


「さすがだわ、ディオ君。とってもオリュンポシズムよ。尚且つ革命の息吹を感じるわ。人民主権に対する尊重と共和制度に対する讃歌が読み取れる素敵なネーミング」

「光栄であります」


 と、背筋を伸ばしたディオが全力で敬礼をする。


「でもね」


 マクシミリアンの瞳に侮蔑と憐憫の入り混じった色が浮かんだ。 


「やっぱり駄目なの。没は没よ。評議会には上げられない」


 一瞬の沈黙が降りた後、オリヴァーの舌打ちが響いた。


「ええい、クソッ!! 貴様等はどこまで腑抜けなのだ? 母なる星が犯され続けているのだぞッ」


 南極大陸を起点として、地球に残った僅かな大地は異種の巣穴に侵食され続けている。


「今こそ、手遅れになる前に地球圏へ攻勢をかけるべき時だろうが!!」


 なるほど、オリヴァー・ボルツは裏切り者である。


 反逆罪に問われ長く牢に繋がれていた事もあった。ところが新しき世でその裏切りが却って幸いし再び軍高官に返り咲く好機を得ていたのだ。


 とはいえ、彼は現状に満足していない──否、大いに不満である。


「儂がいつまでも大人しく──」

「あぁ、やだやだ。まったく暑苦しいわね。何度も言ってるケド、お宅等は遺族会対策に残してるだけなのよ」


 第一次から第三次まで実施された討伐戦の遺族を慰撫する事は、オリュンポス評議会に課せられた政治的要請の一つである。


「だから、な〜んにもしなくて良いの。あ、勿論、良い子のディオ君は、希望さえ出してくれたら主力の火星方面隊に異動させてあげられるわ」

「それはまたの機会に検討しますが、せめて威力偵察だけでも──」

「駄目」


 と、マクシミリアンは、お気に入りであるディオの言葉も遮った。


「だって無駄だから。南極百足ムカデにオビタルは勝てない。それがオリュンポスの神託なの」


 オリュンポス山には新たな神々が宿っているのだ。


「ディオ君も目を覚ましなさい。そこの髭──失礼、オリヴァー氏が地球に拘っているのは単なる彼個人のエゴに過ぎないわ。どうせ、カムバラ島が心配なのでしょう?」

「──」


 カムバラという言葉に、オリヴァーは肩を揺らした。


「評議会の身上調査を舐めない事ね。あなたの立場なんていつでも奪えるのよ」

「ぐ──」


 もはや後先など考えずナヨとした男を殴り倒す衝動に駆られたが、ディオの掌を背に感じてオリヴァーは己を抑えた。


 自身を罠に嵌めた女が育てた子供に勘気を宥められるという、まさに人生の妙味である。


 なおも妙味は続いた。


「それに、あんた達がわざわざ威力偵察なんてしなくても、代わりに出張ってくれる連中がいるのよ」

「どういう意味です?」

「議長のお気に入りが、何を血迷ったか地球圏へ行っちゃってね──」


 グレン・ルチアノの追い落としを図る派閥に属する彼としては面白い状況である。


「愉快なトーマス一座が追いかけるらしいの」

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