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第29話 年明けまで

「正々堂々と勝負する」という水原の言葉が、翌日の朝から早速行動に移された。


 家を出ると、玄関前に既に水原が立っていた。いつもの制服姿だが、髪型を少し変えているようだ。


「おはよー、川崎くん!」


 妙に明るい声で手を振ってくる。


「今日から来るつもりか?」


「うんっ」


 水原はにこにこしながら俺の腕に手を絡ませた。正直、この行為にもう抵抗感はない。


「そういえば昨日の晩、夜中まで考えてたんだ〜」


「なにを?」


「どうやって川崎くんを振り向かせるか」


 水原は意地悪そうに笑う。


「いや、そんなこと言われても……」


「あ、リセちゃんだ」


 角を曲がると、リセが待っていた。いつもはこの場所で合流するんだった。水原は俺の腕をさらに強く握り、わざとリセの方に体を向けた。


「おはよう、ヒロ」


 リセは笑顔で挨拶してくるが、水原の腕が俺に絡まっているのを見て表情がほんの少し曇った。


「おはよ。いつも待たせてるな、悪い」


「ううん、気にしないで」


「リセちゃんおはよー!」


 水原は元気よく挨拶する。その腕は依然として俺に絡まったまま。リセの方をチラリと見て、ほんの少し俺に身を寄せる。


「おはようございます、水原先輩」


 リセの返事は丁寧だが、水原の仕草に気づいたのか、その手が制服のスカートをきゅっと握りしめた。


「ねえ、今日の放課後、空いてる?」


 水原がいきなり俺に尋ねてきた。


「特に予定はないけど」


「じゃあ一緒に買い物行こう。制服だと目立つから私服に着替えてからね」


「いいけど、何か買うんだ?」


「秘密♪」


 水原はウインクした。そしてわざとらしくリセの方を向く。


「リセちゃんも一緒に行く?」


「え? いいんですか?」


 リセの声には少し驚きが混じっている。


「もちろん!」


 水原は笑顔で答えるが、その目は何かを企んでいるような光を宿していた。一瞬だけ、リセの横顔を見つめる水原の視線が鋭くなる。


「じゃあ……行きます」


 三人で並んで歩き始める。いつの間にか、水原は俺の手を腕から滑らせて握っていた。リセはその様子を横目で見て、唇を少し噛んでいる。


「あ、そうだ川崎くん」


 水原は突然立ち止まり、リセより一歩前に出て俺の正面に立った。


「昨日の夜ね、すっごく良い夢見たの」


「夢?」


「うん。川崎くんとあたしが付き合ってる夢」


 水原はわざとリセの方を振り返りながら言った。リセの表情がみるみる硬くなる。


「いつか本当になるかな?」


 水原は再び俺の手を握り直し、歩き始めた。リセは黙ったまま、その後をついてくる。俺の方をチラチラと見ているが、何も言わない。水原は知らん顔で、でも確かにリセの反応を楽しんでいるような微笑みを浮かべていた。


 他の生徒たちの視線が痛い。囁き声も聞こえてくる。


「また三人で登校してる……」


「川崎、すごくない?」


「あの噂、本当なのかな……」


 水原の手が俺の手を少し強く握る。やっぱり噂のこと気にしているんだな。


 学校に着くと、正門付近に見慣れた高級車が停まっていた。窓が開き、白野の顔が見える。わざわざ俺たちの登校時間に合わせてきたのか。


「しおり」


 低い声で水原を呼ぶ。


「白野先輩……どうして学校に?」


 水原は普通に挨拶したが、その声には少し緊張が混じっている。


「話があるんだ」


 白野は車から降り、制服姿の水原と俺たちとは対照的にカジュアルな私服姿だ。大学生らしい雰囲気が漂っている。


「年明けまで時間をあげることにしたよ」


 白野の唐突な言葉に、水原は眉をひそめた。


「なにがですか?」


「僕としおりの関係についてだよ。その男から離れて僕と一緒になってほしい」


 その一言に、俺は思わず拳を握りしめた。リセも困惑したように俺の方を見る。一方、水原は平然と応じた。


「年明けまで待ってくれる必要ありません。あたしは、白野先輩とは付き合えないです」


 白野は苦々しい表情で俺を見た。


「そっか。でもまぁ、年明けまで考えてみてよ」


 白野は柔らかく笑ってみせると、車に戻った。


 エンジンをかけながら窓越しに。


「じゃ、またねしおり」


 車は静かに発進し、去っていった。


 白野が去った後、水原は大きくため息をついた。


「大丈夫か?」


 俺の問いかけに、水原は小さく頷いた。


「うん……でも、白野先輩のあの笑顔、怖かった」


「どういうこと?」


「あの笑顔の裏に、何か企んでる感じ……」


 リセが静かに言った。


「白野先輩、わかってるんですか?」


「何が?」


「ヒロと水原先輩の関係のこと」


 水原は少し俯いた。


「うん……多分。だからあたし、もう逃げないって決めたの。噂にも、本当の気持ちにも、ちゃんと向き合う」


 その言葉に、リセは少し驚いたように目を丸くした。その後、小さく頷いた。


「私も……ヒロへの気持ち、隠さない」


 水原はリセの宣言を聞いて、ほんの一瞬だけ目を細めた。だが、すぐに普段の明るい表情に戻った。


「私も負けないよ」


 リセは水原の目をまっすぐ見返した。二人の間に一瞬だけ火花が散ったように感じる。


「じゃあ、教室行こ」


 俺の言葉で、緊張した空気が解けた。

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