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第30話 広がる噂

 教室に入ると、クラスメイトたちの視線がさらに痛い。昨日までとは明らかに違う。


「おはよう」


 声をかけても、返事をするクラスメイトと目を逸らすクラスメイトに二分される。何かあったんだろうか。


 中でも、後ろの席の田中が妙に気まずそうな表情をしている。


「田中、どうした?」


「あ、いや……その……」


 田中は口ごもり、言葉を濁す。


「なんか噂、広まってるのか?」


「ああ……」


 田中は小声で続けた。


「今朝、匿名の書き込みがあってさ。お前が中学の頃、暴行事件を起こしたとか……上級生を病院送りにしたって」


「はぁ? なんだそれ、そんなことねぇよ」


 俺は思わず声を上げた。


「まぁ、おれは信じてないけどさ。でも、かなり詳しく書いてあったから、お前のこと知ってる奴が書いたっぽいんだよな」


「……誰だよ」


 白野か? あの柔らかい笑顔の裏で、こんな嫌がらせをしてるのか? 


「馬鹿らしい。どうでもいいよ」


 そう言って席に着くと、スマホが震えた。メッセージはリセからだった。


『ヒロ、大丈夫?』


 返信する気力もなく、窓の外を眺める。窓越しに一年生の教室が見える。水原のクラスだ。彼女は大丈夫だろうか。


 休み時間、廊下で男子グループとすれ違った時、明らかに聞こえるように言われた。


「ねえ、あれって本当? 川崎って中学の時、先輩二人を病院送りにしたんだって」

「マジかよ。だからあんな目つき悪いのか」

「っていうか、水原先輩とか宮坂さんとか、何であんな奴と一緒にいるんだろ」


 俺は立ち止まり、振り返ろうとした。その時、後ろから声がした。


「その話、本当だと思う?」


 振り返ると、リセが男子グループに向かって話しかけていた。


「ヒロがそんなことするわけないじゃん。中学の時も一緒だったけど、一度もそんなことなかった」


「え、でもほら書き込みに……」


「誰が書いたかもわからない書き込み、信じるの?」


 リセの声は小さいが、毅然としていた。


「宮坂さん……」


 男子グループの一人が言葉に詰まる。


「ヒロは悪くない。そんな噂信じて広めるの最低だよ」


 男子たちは何も言えず、そそくさと去っていった。


「リセ……」


「ヒロ、大丈夫?」


「ああ。ありがとな」


 リセの顔が少し赤くなる。


「別に……当たり前のことだよ」


 その時、廊下の向こうから水原が駆けてきた。


「川崎くん!」


 水原の顔には焦りが浮かんでいる。


「水原、大丈夫か?」


「ごめん……あたしのせいで……」


 水原の目は潤んでいた。


「なにが?」


「だって……白野先輩があたしに構うのをやめなかったから……川崎くんのことまで嫌がらせするなんて……」


「気にするな。どうせくだらない噂だ。それにまだ白野が犯人かもわからない」


「でも……」


「それにリセが今、言ってくれたよ。俺のことを一番知ってる奴が、嘘だって言ってくれた」


 水原はリセの方を見た。


「リセちゃん……」


「大丈夫。ヒロのことは私が守るから」


「ありがとう……リセちゃん」


 水原の瞳には涙が浮かんでいた。その光景を見ていると、俺の中でモヤモヤとした気持ちが晴れていくのを感じた。


「よし、もう気にするな。堂々としてればいんだ」


「川崎くん……」


「だから気にすんな」


 水原は少し安心したように微笑んだが、その目にはまだ不安の色が残っていた。

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