教室に入ると、クラスメイトたちの視線がさらに痛い。昨日までとは明らかに違う。
「おはよう」
声をかけても、返事をするクラスメイトと目を逸らすクラスメイトに二分される。何かあったんだろうか。
中でも、後ろの席の田中が妙に気まずそうな表情をしている。
「田中、どうした?」
「あ、いや……その……」
田中は口ごもり、言葉を濁す。
「なんか噂、広まってるのか?」
「ああ……」
田中は小声で続けた。
「今朝、匿名の書き込みがあってさ。お前が中学の頃、暴行事件を起こしたとか……上級生を病院送りにしたって」
「はぁ? なんだそれ、そんなことねぇよ」
俺は思わず声を上げた。
「まぁ、おれは信じてないけどさ。でも、かなり詳しく書いてあったから、お前のこと知ってる奴が書いたっぽいんだよな」
「……誰だよ」
白野か? あの柔らかい笑顔の裏で、こんな嫌がらせをしてるのか?
「馬鹿らしい。どうでもいいよ」
そう言って席に着くと、スマホが震えた。メッセージはリセからだった。
『ヒロ、大丈夫?』
返信する気力もなく、窓の外を眺める。窓越しに一年生の教室が見える。水原のクラスだ。彼女は大丈夫だろうか。
休み時間、廊下で男子グループとすれ違った時、明らかに聞こえるように言われた。
「ねえ、あれって本当? 川崎って中学の時、先輩二人を病院送りにしたんだって」
「マジかよ。だからあんな目つき悪いのか」
「っていうか、水原先輩とか宮坂さんとか、何であんな奴と一緒にいるんだろ」
俺は立ち止まり、振り返ろうとした。その時、後ろから声がした。
「その話、本当だと思う?」
振り返ると、リセが男子グループに向かって話しかけていた。
「ヒロがそんなことするわけないじゃん。中学の時も一緒だったけど、一度もそんなことなかった」
「え、でもほら書き込みに……」
「誰が書いたかもわからない書き込み、信じるの?」
リセの声は小さいが、毅然としていた。
「宮坂さん……」
男子グループの一人が言葉に詰まる。
「ヒロは悪くない。そんな噂信じて広めるの最低だよ」
男子たちは何も言えず、そそくさと去っていった。
「リセ……」
「ヒロ、大丈夫?」
「ああ。ありがとな」
リセの顔が少し赤くなる。
「別に……当たり前のことだよ」
その時、廊下の向こうから水原が駆けてきた。
「川崎くん!」
水原の顔には焦りが浮かんでいる。
「水原、大丈夫か?」
「ごめん……あたしのせいで……」
水原の目は潤んでいた。
「なにが?」
「だって……白野先輩があたしに構うのをやめなかったから……川崎くんのことまで嫌がらせするなんて……」
「気にするな。どうせくだらない噂だ。それにまだ白野が犯人かもわからない」
「でも……」
「それにリセが今、言ってくれたよ。俺のことを一番知ってる奴が、嘘だって言ってくれた」
水原はリセの方を見た。
「リセちゃん……」
「大丈夫。ヒロのことは私が守るから」
「ありがとう……リセちゃん」
水原の瞳には涙が浮かんでいた。その光景を見ていると、俺の中でモヤモヤとした気持ちが晴れていくのを感じた。
「よし、もう気にするな。堂々としてればいんだ」
「川崎くん……」
「だから気にすんな」
水原は少し安心したように微笑んだが、その目にはまだ不安の色が残っていた。