授業が再開した後も、クラスメイトたちの視線は変わらず痛かったが、俺はもう気にしなかった。何より、水原のことが心配だった。あいつは一人で授業を受けているんだから。
昼休みのチャイムが鳴ると、俺とリセは教室を出て、水原のいる二年生の教室へ向かった。廊下の向こうから、女子グループが近づいてきた。俺とリセを見つけると、小声で囁き合う。
「ねえ、あれって宮坂さんでしょ?」
「川崎と一緒にいるね。本当に付き合ってるのかな」
「宮坂さんも不良なんじゃない?』
思わず振り返って言い返そうとした瞬間、リセが俺の袖を引っ張った。
「気にしないで」
「そんなこと言われて黙ってられるか」
俺は女子グループに向かって声を上げた。
「お前ら、人の悪口を言うのが趣味か?」
女子たちは一瞬、驚いたように目を見開いた。
「別に、事実を言っただけじゃん」
一人が口答えする。
「事実? 笑わせんな。リセのことを少しでも知ってりゃ、そんな言い方しないだろ」
「ヒロ……」
リセの頬が赤く染まる。
「もういいよ。水原先輩のところ行こ?」
リセは俺の袖を引っ張るが、俺はまだ納得できなかった。
「リセに謝れ」
「なによ。だったら水原先輩はどうなの? パパ活してるって噂、本当でしょ? そんな人と一緒にいるなんて、宮坂さんも同類じゃん」
「お前……」
その時、二年生の教室から水原が出てきた。廊下の騒ぎに気づいたのか、こちらに向かってくる。
「川崎くん? なに揉めてるの?」
「何でもない」
水原は状況を察したのか、女子グループを一瞥してから俺とリセに向き直った。
「二人とも、来てくれたんだ」
水原が微笑むが、その目には何か複雑な感情が宿っている。
「昼食、どこで食べる?」
さりげなく話題を変える水原。その視線が、わずかにリセの方に向けられる。そこには感謝と、何か別の感情が混ざっているように見えた。
と、そうこうしているうちに、女子グループは消えていた。ったく。
「屋上に行くぞ」
俺の一言で、三人は歩き始めた。水原が俺の腕に手を絡ませる。リセの視線がその仕草に留まるが、何も言わない。
「ねえ、川崎くん」
水原が小声で言う。
「さっきのこと、ありがとう。リセちゃんのこと、守ってくれて」
「別に当たり前だろ」
「でも……」
水原は少し言いよどんだ。その目に浮かぶのは、感謝よりも複雑な感情だった。羨望、嫉妬、そして決意のようなものが混じっている。
「川崎くんにとってリセちゃんはやっぱり特別なんだね.」
その言葉は囁くように小さく、よく聞こえなかった。
屋上に着くと、風が心地よく吹いていた。
「やっぱ外のほうがいいな」
「うん……」
三人で並んで座り、弁当を広げる。俺はコンビニのおにぎりだが、リセと水原は手作りの弁当だ。
「川崎くん、あ~ん」
突然、水原がおかずを箸で摘んで俺の口元に差し出した。
「え?」
「いいから、あ~ん」
「おい……」
俺が戸惑っていると、リセが水原とは反対側から俺の方に身を寄せた。
「ヒロ、これも食べる? お母さんの特製ハンバーグ」
リセも箸を差し出す。リセの頬はまだ赤い。さっきの一件で、何か変化があったのか。
「二人とも……」
「川崎くん、早く」
水原の笑顔の奥に、焦りが見える。
結局、二人から交互におかずを食べさせられることになった。水原とリセの間で、明らかに「餌付け合戦」が始まっていた。
「あの、実はさ……」
水原が静かに言った。
「今朝、白野先輩が来てたじゃん」
「ああ」
「年明けまでって言ってたけど……まだあきらめてないのかな」
「さあな」
「あたし、もうはっきり断ったのに」
水原は弁当を少しつつきながら、考え込むような表情を浮かべた。
「暴行事件の書き込み.やっぱり白野先輩の仕業だよね。大学に通いながらも、こんな嫌がらせをするなんて」
リセが小さく頷き、静かに続けた。
「ヒロが誰かを傷つけるなんて許せない」
水原はリセの確信に満ちた様子を見て、少し複雑な表情を浮かべた。すぐに笑顔に戻るが、その瞳には何か別の感情が宿っている。
「リセちゃんは、川崎くんのこと本当に大切なんだね」
「幼馴染だから」
リセは少し照れたように答えた。
「そうだよね.」
水原はさりげなくリセに近づき、俺には聞こえないよう小声で囁いた。リセの表情が一瞬固まり、すぐに取り繕った。
「なに話してんだよ、お前ら」
俺が尋ねると、水原は意地悪そうに笑った。
「女の子の秘密♪」
水原の言葉に、俺は思わず目を細めた。この二人、明らかに何かを企んでいる。でもまあ、あえて追及するのもめんどくさい。
「まあいいや。それより昼飯食うぞ」
三人で弁当を広げ、しばらく会話も落ち着いた。水原とリセは時々視線を交わしていた。