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第32話 ショッピングデート

 放課後、三人は校門を出た。途中で家に寄って私服に着替えてから、駅前のショッピングモールに向かうことになった。


「じゃあ、一時間後に駅前で」


 水原は笑顔で手を振り、リセも微笑んで頷いた。一見すると仲良しに見えるが、二人の間には微妙な緊張感が漂っている。


 俺はアパートに戻り、適当なTシャツとジーンズに着替える。髪も少し整えてから、駅に向かった。


 約束の時間になると、既に水原とリセが待っていた。水原は淡いピンクのワンピースに白いカーディガン、リセはシンプルなブラウスとスカート姿。二人とも制服とは違った雰囲気だ。


「お待たせ」


「全然! 今来たとこだし」


 水原は笑顔で俺の腕を取った。わざとらしくリセの方をチラリと見て、俺に身を寄せる。リセはその様子を見ながら、少し唇を噛んでいる。


「じゃあ行こっか」


 ショッピングモールは休日にしては空いていた。水原が先頭に立ち、俺とリセを引っ張る。


「何を買うんだよ」


「えっとね……」


 水原は館内マップを見上げ、「あそこ!」と指を差した。その先にあるのは……アクセサリーショップ? 


「アクセサリー?」


「いいから来て!」


 水原は俺の手を引いて店に向かう。リセも少し戸惑いながらも、ついてきた。


 店内に入ると、水原はカップル向けのペアアクセサリーコーナーに直行した。


「本気で噂に立ち向かうにはね……」


 水原は真剣な顔で言った。


「こういうの必要だと思うの!」


 水原が指差したのは、シンプルなペアブレスレット。銀色のチェーンに小さな星型のチャームがついている。


「は?」


「だって、みんなにあたしたちが本当にカップルだって思わせるには、こういう"証拠"が必要でしょ?」


「いや、いくらなんでも……」


 リセが静かに口を挟む。


「水原先輩の言うとおりかも」


「リセ?」


「だって、みんなに信じてもらうには、見た目も大事だよ。私も……」


 リセは店内を見回し、別のペアアクセサリーに目を止めた。シンプルなリストバンド型のもの。


「こういうのもいいかも」


「おいおい……」


 俺は二人に引っ張られるまま、店内を巡回することになった。水原とリセはお互いに別々のペアアクセサリーを俺に試させる。まるで俺をめぐる争奪戦のようだ。


「川崎くん、これどう?」


 水原が片方のブレスレットを俺の手首に当てて確かめる。


「いや、別にどれでも……」


「そんなこと言わないで。大事なことだよ」


 水原は俺の耳元に近づいて小さく囁いた。


「リセちゃんには絶対負けたくないの……」


「え?」


「だって、川崎くんはあたしのものになってほしいから」


 そう言って、まるで示威行為のように俺の腕をぎゅっと握る。リセはその様子を見て、眉をわずかに寄せた。


「ヒロ、これなんかどう?」


 リセも別のブレスレットを持ってきた。


「だから、どっちでも……」


「選んでよ、川崎くん」


 水原は少し不満げな顔を見せる。


「そうだね。ヒロは選ぶべきだよ」


 リセも同意見のようだ。


 結局、俺は水原が選んだシンプルな銀のブレスレットにした。リセは少し残念そうな顔をしたが、すぐに笑顔に戻った。


「これで明日から学校でつけてね」


 水原は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。そして、リセには見えないよう俺に向かってウインクした。


「わかったよ……」


 ブレスレットを購入すると、次は水原が洋服店に向かった。


「次は何買うんだよ」


「川崎くんの服!」


「は? 俺の服って……」


「だって、彼氏なら彼女の好みの服を着るべきでしょ?」


「いや、そんなルールあるか?」


 水原は意地悪く笑った。


「あるよ」


 リセはその様子を見ながら、少し考え込んでいた。そして突然、


「私も選びたい」


 と言い出した。


「え?」


「ヒロの服、私も選びたい」


「リセちゃん……」


 水原は少し驚いたような顔をしたが、すぐに意地悪な笑みを浮かべた。


「いいよ。じゃあ二人で選んで、川崎くんに着てもらおう」


「おい、勝手に決めるな」


「いいじゃん、ちょっとしたファッションショーみたいで♪」


 結局、俺は二人が選んだ服を次々と試着することになった。水原は少し派手めのシャツを、リセは落ち着いたセーターを選ぶ。完全に好みが分かれている。


「ねえ川崎くん、こっちの方が絶対似合うよ」


 水原は青いストライプのシャツを持ってきた。


「ヒロ、これはどう?」


 リセは茶色のニットを示す。


「どっちも……」


「選んで」


 二人は口を揃える。


「リセのでいいかな」


 俺が言うと、水原は口をとがらせた。


「むー、川崎くん。リセちゃんばっかり選んじゃダメだよ」


「だってこっちの方が着やすいし……」


「それじゃダメだよ。カッコよくならなきゃ」


 水原はそう言って、別の服を持ってきた。黒のジャケットに白のTシャツ。


「これならシンプルだし、着やすいでしょ?」


 確かにいい感じだ。


「じゃあこれで」


「やった!」


 水原は嬉しそうに笑った。リセは少し残念そうだが、すぐに微笑んだ。


「ヒロに似合ってるよ」


 水原は勝ち誇ったように俺の腕を掴み、「ありがとー、リセちゃん♪」と甘い声で言った。一見友好的だが、その目は光を放っていた。リセはその視線に気づいたのか、一瞬だけ表情がこわばった。


 買い物を終え、三人でフードコートに向かった。


「何食べる?」


 水原が尋ねる。


「俺はハンバーガーでいいや」


「私もそれで」


 リセが言った。


「じゃああたしが買ってくる!」


 水原は立ち上がり、カウンターに向かった。


 リセと二人きりになる。


「なあリセ」


「なに?」


「今日、ありがとな。あいつらにきっぱり言い返してくれて」


「別に、当たり前のことだよ」


 リセの頬が少し赤くなる。


「でも、お前までこんな噂に巻き込まれて悪かったな」


「気にしてないよ。ヒロが困ってるなら、私だって何でもするもん」


「リセ」


 リセは少し俯いたが、すぐに顔を上げた。目には決意が浮かんでいる。


「私、ヒロのことずっと大切に思ってるから」


 その言葉に、俺は何も返せなかった。


「お待たせー」


 水原はトレイを持って戻ってくる。三人分のハンバーガーセット。何も聞こえなかったような顔をしているが、リセの方をチラリと見て、小さく微笑んだ。


「何話してたの?」


「なんでもない」


 水原はちょっと不満げな顔をしたが、すぐに笑顔に戻る。


「ふーん。ねえ、明日からさ、ちゃんとカップルらしく学校で過ごそう?」


「どういうことだよ」


「だから、みんなの前でもこうやって手を繋いだり、もっとベタベタしたりさ」


「あんまやり過ぎても逆効果だろ」


「そうかな〜」


 リセは俺たちの会話を聞きながら静かに食事を続けていた。しかし、その眼差しには諦めではなく、何か思案している様子が窺える。

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