放課後、三人は校門を出た。途中で家に寄って私服に着替えてから、駅前のショッピングモールに向かうことになった。
「じゃあ、一時間後に駅前で」
水原は笑顔で手を振り、リセも微笑んで頷いた。一見すると仲良しに見えるが、二人の間には微妙な緊張感が漂っている。
俺はアパートに戻り、適当なTシャツとジーンズに着替える。髪も少し整えてから、駅に向かった。
約束の時間になると、既に水原とリセが待っていた。水原は淡いピンクのワンピースに白いカーディガン、リセはシンプルなブラウスとスカート姿。二人とも制服とは違った雰囲気だ。
「お待たせ」
「全然! 今来たとこだし」
水原は笑顔で俺の腕を取った。わざとらしくリセの方をチラリと見て、俺に身を寄せる。リセはその様子を見ながら、少し唇を噛んでいる。
「じゃあ行こっか」
ショッピングモールは休日にしては空いていた。水原が先頭に立ち、俺とリセを引っ張る。
「何を買うんだよ」
「えっとね……」
水原は館内マップを見上げ、「あそこ!」と指を差した。その先にあるのは……アクセサリーショップ?
「アクセサリー?」
「いいから来て!」
水原は俺の手を引いて店に向かう。リセも少し戸惑いながらも、ついてきた。
店内に入ると、水原はカップル向けのペアアクセサリーコーナーに直行した。
「本気で噂に立ち向かうにはね……」
水原は真剣な顔で言った。
「こういうの必要だと思うの!」
水原が指差したのは、シンプルなペアブレスレット。銀色のチェーンに小さな星型のチャームがついている。
「は?」
「だって、みんなにあたしたちが本当にカップルだって思わせるには、こういう"証拠"が必要でしょ?」
「いや、いくらなんでも……」
リセが静かに口を挟む。
「水原先輩の言うとおりかも」
「リセ?」
「だって、みんなに信じてもらうには、見た目も大事だよ。私も……」
リセは店内を見回し、別のペアアクセサリーに目を止めた。シンプルなリストバンド型のもの。
「こういうのもいいかも」
「おいおい……」
俺は二人に引っ張られるまま、店内を巡回することになった。水原とリセはお互いに別々のペアアクセサリーを俺に試させる。まるで俺をめぐる争奪戦のようだ。
「川崎くん、これどう?」
水原が片方のブレスレットを俺の手首に当てて確かめる。
「いや、別にどれでも……」
「そんなこと言わないで。大事なことだよ」
水原は俺の耳元に近づいて小さく囁いた。
「リセちゃんには絶対負けたくないの……」
「え?」
「だって、川崎くんはあたしのものになってほしいから」
そう言って、まるで示威行為のように俺の腕をぎゅっと握る。リセはその様子を見て、眉をわずかに寄せた。
「ヒロ、これなんかどう?」
リセも別のブレスレットを持ってきた。
「だから、どっちでも……」
「選んでよ、川崎くん」
水原は少し不満げな顔を見せる。
「そうだね。ヒロは選ぶべきだよ」
リセも同意見のようだ。
結局、俺は水原が選んだシンプルな銀のブレスレットにした。リセは少し残念そうな顔をしたが、すぐに笑顔に戻った。
「これで明日から学校でつけてね」
水原は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。そして、リセには見えないよう俺に向かってウインクした。
「わかったよ……」
ブレスレットを購入すると、次は水原が洋服店に向かった。
「次は何買うんだよ」
「川崎くんの服!」
「は? 俺の服って……」
「だって、彼氏なら彼女の好みの服を着るべきでしょ?」
「いや、そんなルールあるか?」
水原は意地悪く笑った。
「あるよ」
リセはその様子を見ながら、少し考え込んでいた。そして突然、
「私も選びたい」
と言い出した。
「え?」
「ヒロの服、私も選びたい」
「リセちゃん……」
水原は少し驚いたような顔をしたが、すぐに意地悪な笑みを浮かべた。
「いいよ。じゃあ二人で選んで、川崎くんに着てもらおう」
「おい、勝手に決めるな」
「いいじゃん、ちょっとしたファッションショーみたいで♪」
結局、俺は二人が選んだ服を次々と試着することになった。水原は少し派手めのシャツを、リセは落ち着いたセーターを選ぶ。完全に好みが分かれている。
「ねえ川崎くん、こっちの方が絶対似合うよ」
水原は青いストライプのシャツを持ってきた。
「ヒロ、これはどう?」
リセは茶色のニットを示す。
「どっちも……」
「選んで」
二人は口を揃える。
「リセのでいいかな」
俺が言うと、水原は口をとがらせた。
「むー、川崎くん。リセちゃんばっかり選んじゃダメだよ」
「だってこっちの方が着やすいし……」
「それじゃダメだよ。カッコよくならなきゃ」
水原はそう言って、別の服を持ってきた。黒のジャケットに白のTシャツ。
「これならシンプルだし、着やすいでしょ?」
確かにいい感じだ。
「じゃあこれで」
「やった!」
水原は嬉しそうに笑った。リセは少し残念そうだが、すぐに微笑んだ。
「ヒロに似合ってるよ」
水原は勝ち誇ったように俺の腕を掴み、「ありがとー、リセちゃん♪」と甘い声で言った。一見友好的だが、その目は光を放っていた。リセはその視線に気づいたのか、一瞬だけ表情がこわばった。
買い物を終え、三人でフードコートに向かった。
「何食べる?」
水原が尋ねる。
「俺はハンバーガーでいいや」
「私もそれで」
リセが言った。
「じゃああたしが買ってくる!」
水原は立ち上がり、カウンターに向かった。
リセと二人きりになる。
「なあリセ」
「なに?」
「今日、ありがとな。あいつらにきっぱり言い返してくれて」
「別に、当たり前のことだよ」
リセの頬が少し赤くなる。
「でも、お前までこんな噂に巻き込まれて悪かったな」
「気にしてないよ。ヒロが困ってるなら、私だって何でもするもん」
「リセ」
リセは少し俯いたが、すぐに顔を上げた。目には決意が浮かんでいる。
「私、ヒロのことずっと大切に思ってるから」
その言葉に、俺は何も返せなかった。
「お待たせー」
水原はトレイを持って戻ってくる。三人分のハンバーガーセット。何も聞こえなかったような顔をしているが、リセの方をチラリと見て、小さく微笑んだ。
「何話してたの?」
「なんでもない」
水原はちょっと不満げな顔をしたが、すぐに笑顔に戻る。
「ふーん。ねえ、明日からさ、ちゃんとカップルらしく学校で過ごそう?」
「どういうことだよ」
「だから、みんなの前でもこうやって手を繋いだり、もっとベタベタしたりさ」
「あんまやり過ぎても逆効果だろ」
「そうかな〜」
リセは俺たちの会話を聞きながら静かに食事を続けていた。しかし、その眼差しには諦めではなく、何か思案している様子が窺える。