ショッピングモールでの買い物から数日が経った頃、新たな噂が広がり始めていた。今度はリセに関するものだ。
「おい、聞いたか? 宮坂って、水原のパパ活の仲介をしてるらしいぞ」
「マジで? あの真面目そうな子が?」
「だって不良の川崎と一緒にいるんだぜ? 裏の顔があるんじゃないか」
教室の片隅から聞こえてくる会話に、俺は思わず拳を握りしめる。
リセは表面上は気にしていない様子だったが、その肩が少し震えているのが見えた。
「リセ、大丈夫か?」
「うん。平気」
俺はためらいもなく立ち上がり、噂話をしていた男子グループに向かって歩き出した。
「ヒロ、やめて」
リセが腕を引っ張るが、既に遅かった。
「お前ら、根も葉もない噂を広めて楽しいか?」
「い、いや、俺たちは聞いただけで.」
「聞いただけで広めてんのか? リセのことを少しでも知ってりゃ、そんな馬鹿げた噂に乗らないはずだろ」
俺の声は低く、しかし怒りを抑えきれない様子で震えていた。
「次同じ聞いたら、ただじゃ済まさねえからな」
その言葉に、男子たちは青ざめた顔で頷いた。
俺が席に戻ると、教室の雰囲気はピリピリと緊張感に包まれる。リセは俯いたまま、小さく「ありがとう」と囁いた。
その放課後、水原が俺のクラスにやって来た。
「川崎くん、帰ろ?」
明るい声で言う水原。
と、リセは少し寂しそうな表情で目線を逸らした。
「悪い、今日はリセと帰るわ」
「え?」
水原の表情が一瞬で曇る。
「ど、どうして?」
「そういう気分なんだよ」
「そっか、わかった」
そう言って踵を返した水原の背中は、どこか小さく見えた。
俺とリセが学校を出て少し歩いたところで、リセが口を開いた。
「ヒロ、私のために水原先輩を断らなくてもよかったのに」
「たまには二人で帰りたかっただけだ」 「でも」
リセの心配そうな顔を見て、俺は軽くため息をついた。
「今日は噂の件で気が滅入ってただろ。気晴らしにどっか遊びに行こうぜ」
「ん。ありがとう」
リセは小さく微笑んだ。
翌日の朝、俺が家を出ると水原が待っていた。
「おはよー、川崎くん!」
「おはよう」
「あ、そだ。今日の放課後一緒に帰ってくれるよね?」
「今日は仕事だ」
「え?」
俺はフードデリバリーの仕事があることを伝えた。生活費を稼がないといけないからな。
「そっか.」
「じゃあ明日は?」
「.考えとく」
俺の曖昧な返事に、水原の表情が急に冷たくなった。
「またリセちゃんと帰るの?」
「いやそういうわけじゃ」
「嘘つかないでよ!」
水原の声が震えた。通学路の真ん中で立ち止まり、俺を見上げる。
「川崎くんさ、本当はリセちゃんのこと好きなんでしょ? だからあたしのこと鬱陶しいって思ってるんでしょ⁉︎」
「おい、なに急にどうしたんだよ?」
「だったら、どうして昨日はリセちゃんと帰ったの? どうして今日はバイトだって言うの? あたしのことが嫌いなら、はっきり言ってよ!」
水原の目に涙が溢れそうになっていた。俺は戸惑いを隠せない。
「飛躍しすぎだ。嫌いなわけないだろ。一旦、落ち着けって」
水原は深く息を吐いた。そして、急に冷静になったように言った。
「ん、そうだね。あたし、今、変だった、ごめんね、川崎くん」
その言葉に安心したのもつかの間、水原の次の一言で俺は息をのんだ。
「でも、余裕ないんだよ……ごめん、面倒臭いねあたし」
水原はそれ以上何も言わなかった。だが、彼女の横顔には何か暗い影が差しているように見えた。
この日を境に、俺と水原の間に微妙な緊張感が生まれた。