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第33話 面倒臭いねあたし

 ショッピングモールでの買い物から数日が経った頃、新たな噂が広がり始めていた。今度はリセに関するものだ。


「おい、聞いたか? 宮坂って、水原のパパ活の仲介をしてるらしいぞ」


「マジで? あの真面目そうな子が?」


「だって不良の川崎と一緒にいるんだぜ? 裏の顔があるんじゃないか」


 教室の片隅から聞こえてくる会話に、俺は思わず拳を握りしめる。


 リセは表面上は気にしていない様子だったが、その肩が少し震えているのが見えた。


「リセ、大丈夫か?」


「うん。平気」


 俺はためらいもなく立ち上がり、噂話をしていた男子グループに向かって歩き出した。


「ヒロ、やめて」


 リセが腕を引っ張るが、既に遅かった。


「お前ら、根も葉もない噂を広めて楽しいか?」


「い、いや、俺たちは聞いただけで.」


「聞いただけで広めてんのか? リセのことを少しでも知ってりゃ、そんな馬鹿げた噂に乗らないはずだろ」


 俺の声は低く、しかし怒りを抑えきれない様子で震えていた。


「次同じ聞いたら、ただじゃ済まさねえからな」


 その言葉に、男子たちは青ざめた顔で頷いた。


 俺が席に戻ると、教室の雰囲気はピリピリと緊張感に包まれる。リセは俯いたまま、小さく「ありがとう」と囁いた。


 その放課後、水原が俺のクラスにやって来た。


「川崎くん、帰ろ?」


 明るい声で言う水原。


 と、リセは少し寂しそうな表情で目線を逸らした。


「悪い、今日はリセと帰るわ」


「え?」


 水原の表情が一瞬で曇る。


「ど、どうして?」


「そういう気分なんだよ」


「そっか、わかった」


 そう言って踵を返した水原の背中は、どこか小さく見えた。


 俺とリセが学校を出て少し歩いたところで、リセが口を開いた。


「ヒロ、私のために水原先輩を断らなくてもよかったのに」


「たまには二人で帰りたかっただけだ」 「でも」


 リセの心配そうな顔を見て、俺は軽くため息をついた。


「今日は噂の件で気が滅入ってただろ。気晴らしにどっか遊びに行こうぜ」


「ん。ありがとう」


 リセは小さく微笑んだ。


 翌日の朝、俺が家を出ると水原が待っていた。


「おはよー、川崎くん!」


「おはよう」


「あ、そだ。今日の放課後一緒に帰ってくれるよね?」


「今日は仕事だ」


「え?」


 俺はフードデリバリーの仕事があることを伝えた。生活費を稼がないといけないからな。


「そっか.」


「じゃあ明日は?」


「.考えとく」


 俺の曖昧な返事に、水原の表情が急に冷たくなった。


「またリセちゃんと帰るの?」


「いやそういうわけじゃ」


「嘘つかないでよ!」


 水原の声が震えた。通学路の真ん中で立ち止まり、俺を見上げる。


「川崎くんさ、本当はリセちゃんのこと好きなんでしょ? だからあたしのこと鬱陶しいって思ってるんでしょ⁉︎」


「おい、なに急にどうしたんだよ?」


「だったら、どうして昨日はリセちゃんと帰ったの? どうして今日はバイトだって言うの? あたしのことが嫌いなら、はっきり言ってよ!」


 水原の目に涙が溢れそうになっていた。俺は戸惑いを隠せない。


「飛躍しすぎだ。嫌いなわけないだろ。一旦、落ち着けって」


 水原は深く息を吐いた。そして、急に冷静になったように言った。


「ん、そうだね。あたし、今、変だった、ごめんね、川崎くん」


 その言葉に安心したのもつかの間、水原の次の一言で俺は息をのんだ。


「でも、余裕ないんだよ……ごめん、面倒臭いねあたし」


 水原はそれ以上何も言わなかった。だが、彼女の横顔には何か暗い影が差しているように見えた。


 この日を境に、俺と水原の間に微妙な緊張感が生まれた。

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