二月に入って最初の月曜日、俺は目覚ましの音で目を覚ました。
窓の外を見ると、まだ薄暗い空に雲が重く垂れ込めている。今日も寒い一日になりそうだった。
身支度を整えて外に出ると、予想通り冷たい風が頬を刺した。吐く息が白く見えるほど寒い。こんな日は布団から出るのが辛いが、学校は待ってくれない。
駅に向かう途中、俺は急ぎ足で歩いていた。寒いとどうしても早歩きになってしまう。周りの人たちも同じような感じで、みんなコートの襟を立てて歩いている。
駅に着くと、いつもより人が多い気がした。寒いせいで電車が遅れているのかもしれない。ホームで電車を待っていると、体が芯から冷えてくる。
電車に乗ると、車内は暖房が効いていて、外の寒さとは対照的に暖かかった。でも、乗客が多いせいで少し息苦しい。
学校の最寄り駅で降りると、再び冷たい風に包まれた。学校まで歩く道のりが、今日は特に長く感じられる。
校門が見えてきた時、俺は誰かに声をかけられた。
「おはよう、ヒロくん」
振り返ると、しおりが小走りで追いかけてきていた。
「おはよう。今日は寒いな」
「本当に。二月だもんね」
しおりも寒そうに肩をすくめている。
俺たちは並んで校門に向かった。
「本格的に冬って感じだね」
「そうだな。まだまだ寒い日が続きそうだ」
「でも、こうやって一緒に歩いてると、少し温かい気がする」
しおりの素直な言葉に、俺は照れてしまった。確かに、一人で歩くより二人で歩く方が寒さを感じない気がする。
下駄箱で靴を履き替えていると、他の生徒たちも寒さの話をしている。
「今日めっちゃ寒い」
「布団から出たくなかった」
「まだ冬本番って感じだね」
教室に入ると、暖房が効いていて、やっと人心地ついた。でも、窓の外を見ると、まだ薄暗い空が広がっている。
朝のホームルームで、担任の先生が言った。
「今日は特に寒いようですが、体調管理に気をつけてください。インフルエンザも流行っているので、手洗いうがいを忘れずに」
一時間目の授業中、俺は窓の外を見ていた。雲が厚くて、太陽の光がほとんど差し込んでこない。こんな日は何となく気分も沈みがちになる。
休み時間になると、しおりが俺のクラスに来てくれた。
「調子はどう?」
「寒くて眠い」
「わかる。私も朝起きるのが辛かった」
そんな会話をしていると、少し気分が明るくなった。寒い日でも、話し相手がいるだけで随分違うものだ。
二時間目の体育の授業は、予想通り厳しかった。体育館は暖房が効いていないので、体を動かすまでは本当に寒い。
「今日は寒いので、しっかりと準備運動をしましょう」
体育の先生の声も、いつもより厳しく聞こえる。
準備運動を念入りにやってから、バスケットボールの練習に入った。最初は寒くて体が動かなかったが、だんだん温まってきた。
でも、休憩時間になると、すぐに体が冷えてしまう。冬の体育は、この寒暖差が一番つらい。
昼休みになると、俺は教室で弁当を食べることにした。外に出る気力がない。
窓の外を見ると、風が強くなってきたようで、木の枝が大きく揺れている。
しおりが教室に来てくれて、一緒に昼食を取ることになった。
「今日は外に出る気になれないね」
「そうだな。こんな日は教室でゆっくりしたい」
弁当を食べながら、俺たちは他愛のない話をした。寒い日の過ごし方、好きな季節、冬の楽しみ方など。
「あたし、冬はあまり好きじゃないかも」
「どうして?」
「寒いし、日が短いし、何となく憂鬱になる」
「でも、冬にしかできないこともあるでしょ」
「たとえば?」
「雪が降ったら雪だるま作ったり、こたつでゆっくりしたり」
「考えようによっては楽しいこともあるかも」
そんな会話をしていると、寒い日も悪くないような気がしてきた。
午後の授業中、外を見ると少し雲が薄くなってきた。太陽が顔を出しそうな雰囲気になっている。
四時間目が終わる頃、ついに太陽が雲の間から顔を出した。教室に暖かい光が差し込んできて、急に明るくなった。
「あ、太陽出てきた」
「本当だ。急に明るくなったね」
クラスメイトたちも、太陽の光を見て嬉しそうにしている。やはり、太陽の光があるのとないのとでは、気分が全然違う。
放課後、俺としおりは一緒に帰ることにした。朝とは違って、太陽の光があるので、少し暖かく感じられる。
「朝より全然マシだね」
「そうだな。太陽の力ってすごいな」
「でも、夕方になったらまた寒くなるわよ」
「そうだろうな」
駅に向かって歩いていると、商店街の人たちが外で作業をしている。朝は誰も外にいなかったのに、太陽が出ると人々の活動も活発になる。
途中、コンビニに寄ることにした。
「何か温かいもの買わない?」
「おう」
俺たちはそれぞれ温かい飲み物を買った。しおりはカフェラテ、俺は缶コーヒー。外で飲む温かい飲み物は、特に美味しく感じられた。
「温まるね」
「ああ、生き返る」
温かい飲み物を飲みながら歩いていると、寒さも気にならなくなった。
駅に着く頃には、西日が差し込んできて、街全体が暖かい光に包まれていた。
「きれいな夕日だね」
「そうだな。今日は朝が寒かった分、夕日が特にきれいに見える」
電車を待っている間、俺たちは今日一日を振り返った。
「朝は本当に寒かったね」
「でも、太陽が出てからは気持ちよかった」
「寒い朝があるから、太陽の温かさが特に感じられるのかも」
「そうかもしれないね」
電車に乗ると、車内は相変わらず暖かかった。でも、朝ほど寒暖差を感じない。体が一日の気温変化に慣れたのかもしれない。
しおりの駅で別れる時、彼女が言った。
「明日も寒いみたいよ」
「そうなの?」
「天気予報で言ってた」
「じゃあ、今日より早く起きて、ちゃんと準備しないとな」
「そうね。お互い体調に気をつけましょう」
俺の駅で降りる時、外はもうすっかり暗くなっていた。でも、朝ほど寒さを感じない。一日の気温変化に体が慣れたのと、太陽の光を浴びたからかもしれない。
翌日は朝から雪が降っていた。
窓の外を見ると、大きな雪片がひらひらと舞い落ちている。首都圏にこんなに雪が降るなんて珍しいことだった。
「うわあ、雪だ」
クラスメイトたちが窓際に集まって、雪景色を眺めている。
「今年初めて見た」
「積もるかな」
俺も窓から外を見てみた。校庭はうっすらと白くなり始めていて、雪が積もるのも時間の問題のようだった。
放課後になると、雪はさらに激しく降っていた。校門を出る頃には、地面が完全に白くなっている。
「すごい雪だね」
しおりが俺の隣で呟いた。彼女も雪景色に見とれているようだった。
「そうだな。帰り道、大丈夫かな」
「滑らないように気をつけないと」
俺たちは慎重に歩き始めた。普段なら十五分ほどで駅に着くのだが、今日はもう少し時間がかかりそうだった。
商店街に入ると、雪はさらに勢いを増していた。看板や軒先に雪が積もって、いつもと違う風景を作り出している。
歩いていると、しおりが足を滑らせそうになった。俺は咄嗟に彼女の腕を支えた。
「大丈夫?」
「ありがとう。ちょっと滑っちゃった」
「気をつけて。俺の腕につかまってていいから」
「じゃあ、お願いします」
しおりが俺の腕に手を回してくる。雪道を歩くための実用的な理由だったが、それでも近い距離にいることで心臓が少し早く打った。
「雪って、こんなに降るんだね」
「そうだな」
「あたし、雪遊びしたことないかも」
「え、一度も?」
「うん。雪だるまとか、雪合戦とか、憧れてた」
しおりの素直な告白に、俺は少し驚いた。確かに、この辺りでは雪が積もることは珍しい。そんな会話をしながら歩いていると、小さな公園が見えてきた。遊具に雪が積もって、幻想的な景色を作り出している。
「手、冷たくない?」
「ちょっと冷たいかも」
「俺のポケット、使う?」
俺がそう提案すると、しおりは少し照れながら頷いた。俺のコートのポケットに、彼女の手を入れる。暖かい手のひらが、ポケットの中で俺の手に触れた。
「えへへ、あったかい」
雪は相変わらず降り続いていて、足元はさらに滑りやすくなっている。
「気をつけて」
「うん」
慎重に歩いていると、向こうから小学生のグループがやってきた。彼らは雪を丸めて雪玉を作りながら、楽しそうに歩いている。
「いいなあ、楽しそう」
「確かにな」
「ちょっとだけやってみない?」
しおりの提案に、俺は少し驚いた。
「雪玉作り?」
「うん、ちょっとだけ」
「人に見られるけど、いい?」
「気にしない」
俺たちは道端の雪を集めて、小さな雪玉を作ってみた。しおりは初めてらしく、最初はうまく固まらなかったが、コツを掴むとちゃんとした雪玉ができるようになった。
「できたっ!」
しおりの嬉しそうな表情を見ていると、俺も楽しくなってきた。この歳になってから雪玉を作るなんて、考えたこともなかった。
「雪合戦する?」
「え、ここで?」
「冗談、冗談」
しおりがくすくす笑いながら言った。
作った雪玉を持ったまま、俺たちは駅に向かった。
「電車、大丈夫かな」
「雪で遅れてるかも」
駅の電光掲示板を見ると、確かに電車が少し遅れているようだった。
「仕方ないね」
「もう少し一緒にいられるな」
俺の言葉に、しおりは微笑んだ。
ホームで電車を待っている間、俺たちは今日の雪の思い出について話した。
「楽しかったね」
「ああ。雪の日って、特別な感じがする」
「また雪が降ったら、今度は本格的に雪だるま作ろうね」
「約束する」
やがて電車がやってきた。乗車すると、車内は暖房が効いていて、外の寒さとは対照的に暖かかった。
「手、温まった?」
「うん、ありがとう」
窓の外では、まだ雪が降り続いている。電車が走り出すと、雪景色が流れていく。
「きれいだな」
「本当に。今日という日を忘れないと思う」
「俺も」
俺たちは窓の外の雪景色を眺めながら、静かに電車に揺られていた。今日という特別な日の余韻を、二人で共有している。
改札で別れ際、しおりが振り返って言った。
「今日は素敵な雪の日だった」
「俺もそう思う。また雪が降ったら、一緒に歩こう」
「楽しみにしてる」
俺の電車が来るまで、しおりは手を振ってくれていた。電車に乗ってからも、窓越しに彼女の姿が見えていた。
家に帰る途中、俺は今日の雪の日のことを思い返していた。予期せぬ雪に始まった特別な帰り道。しおりと過ごした静かで美しい時間。
雪という自然の贈り物が、俺たちに素敵な思い出をプレゼントしてくれた。こんな日があるから、人生は豊かになるのかもしれない。
アパートに着いた時、外はまだ雪が降っていた。明日の朝、どんな雪景色になっているだろう。そんなことを考えながら、俺は今日という日に感謝した。