体育の授業中、俺は転んで膝を擦りむいてしまった。バスケットボールでドリブルをしている最中に、他の生徒とぶつかって転倒したのだ。
「大丈夫か、川崎?」
体育教師の田中先生が心配そうに声をかけてくれた。
「はい、多分大丈夫です」
立ち上がってみると、膝から少し血が出ていた。動けないほどの怪我ではないが、消毒した方が良さそうだった。
「保健室で手当てしてもらってこい」
「分かりました」
俺は保健室に向かった。廊下を歩いていると、膝がじんじんと痛む。大した怪我ではないが、やはり気になる。
保健室のドアをノックすると、「どうぞ」という優しい声が聞こえた。中に入ると、保健の先生が机で書類の整理をしていた。
「どうしたの?」
「体育の授業で転んで、膝を擦りむいてしまいました」
「そう、見せてみて」
先生が俺の膝を確認すると、「そんなに深い傷じゃないわね」と言って、消毒薬と絆創膏を用意してくれた。
ベッドに座って手当てを受けていると、保健室のドアがノックされた。
「失礼します」
入ってきたのは、しおりだった。俺を見つけると、驚いたような表情を見せた。
「ヒロくん? どうしたの?」
「体育で転んで、ちょっと擦りむいただけ」
「大丈夫?」
しおりの心配そうな表情を見て、俺は少し申し訳ない気持ちになった。
「全然大丈夫。しおりこそ、どうしたんだ?」
「頭痛がひどくて…」
そう言うしおりの顔は、確かに少し青白く見えた。
保健の先生がしおりに気づいて声をかけた。
「水原さん、また頭痛?」
「はい、すみません」
「無理しちゃダメよ。少し休んでいきなさい」
先生は俺の手当てを終えてから、しおりを隣のベッドに案内した。俺も立ち上がろうとしたが、先生に「もう少し様子を見ていきなさい」と言われて、そのまま座っていることになった。
「しおり、頭痛持ちなのか?」
「時々ね。疲れが溜まった時とか、寝不足の時になりやすいの」
「最近忙しかった?」
「うん、委員会の仕事とか、テスト勉強とか」
そう言えば、しおりは生徒会の図書委員をやっていた。真面目な性格だから、きっと責任感を持って取り組んでいるのだろう。でも、無理をしすぎているのかもしれない。
保健室は静かで、外の体育の授業の声が遠くに聞こえてくる。俺としおりは隣同士のベッドに座って、小声で話をした。
「保健室って、なんだか懐かしい感じがするな」
「そう?」
「小学校の時、よく来てたから」
「ヒロくん、病気がちだったの?」
「いや、怪我が多くて。よく転んだり、ぶつけたりしてた」
しおりが小さく笑う。
「可愛いじゃん」
しおりの何気ない言葉に、俺は照れてしまった。こういう時の彼女の自然な優しさが、俺は好きだった。
しばらくすると、保健の先生が様子を見に来てくれた。
「水原さん、頭痛はどう?」
「少し楽になりました」
「川崎くんの膝は?」
「全然痛くないです」
先生は安心したような表情を見せた。
「じゃあ、もう少し休んでから授業に戻りなさい」
「はい、ありがとうございます」
先生が職員室に書類を取りに行った後、保健室には俺としおりだけが残された。外の騒がしさとは対照的に、室内は静寂に包まれていた。
「ねえ、ヒロくん」
「ん?」
「こうやって二人だけでいると、なんだか不思議な感じ」
「どうして?」
「普段は教室とか廊下とか、いつも他に人がいるから」
確かに、学校で二人だけの空間にいることは珍しい。保健室という特別な場所だからこそ、こんな静かな時間を過ごせるのかもしれない。
「しおり、あんま無理すんなよ」
「え?」
「委員会の仕事とか、勉強とか。体調崩したら元も子もないし」
「ありがとう。でも、大丈夫よ」
「本当に?」
俺が心配そうに聞くと、しおりは少し困ったような表情を見せた。
「実は、最近ちょっと忙しすぎたかも」
「だと思った」
俺はしおりの隣に座り直した。
その時、チャイムが鳴って昼休みになった。保健の先生が戻ってきて、俺たちの様子を確認してくれた。
「もう大丈夫そうね。午後の授業は受けられる?」
「はい」と、俺としおりは同時に答えた。
「水原さん、あまり無理しないようにね」
「気をつけます」
保健室を出てから、俺たちは一緒に教室に戻ることにした。
「今日はありがとう、ヒロくん」
「何も手伝ってないよ」
「でも、心配してくれて嬉しかった」
階段を上りながら、俺は今日のことを振り返っていた。保健室で過ごした短い時間だったが、しおりとの距離がまた少し縮まったような気がする。
彼女の頑張りすぎてしまう性格も、今日改めて知ることができた。俺にできることは限られているけれど、少しでも彼女の支えになれたらいい。
「膝の方は本当に大丈夫?」
「ああ、もう全然痛くない」
「よかった」
教室の前で、俺たちは別れた。午後の授業が始まるまで、まだ少し時間がある。
自分の席に座りながら、俺は保健室での出来事を思い返していた。しおりの体調を心配する気持ちと、二人だけで過ごした静かな時間への感謝の気持ちが入り混じっている。
これからも、お互いに支え合っていけたらいいな。そんなことを考えながら、俺は午後の授業の準備を始めた。