目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第1話 witch and doll and human㉕

「やっべ」

「本当に二人とも学習しないわよね……」


 そんなあんまり焦っていない二人を他所に、フィーだけが声にもならないような悲鳴を上げる。


「侵入者だ! 侵入者がいるぞ!!」

「あーもうしょうがねえか。よしっ強行突破!」


 応援を呼ぼうとした男に向けて、ライアンが近くにあった花瓶を勢いよく放る。


「――っぶねぇ!」

「はい、残念でした」


 花瓶をぎりぎりで避けた男が正面に向き直るよりも早く、ライアンの拳が彼の顎を撃ち抜く。ただ、先程投げた花瓶がガシャンと大きな音を立てて割れたせいで、接待を行っていたであろう部屋から、男達がワラワラと手に鉄パイプらしきものを持って現れる。


「ご、五人じゃなかったの!?」

「うーん……そのはずなんだけど、おそらく二人が騒いでる間に応援を呼ばれたってとこでしょうね」

「応援を呼ばれたって……そんなのライアンがいくら強くてもダメじゃない!?」

「まあ、そこは大丈夫でしょ。とりあえず私たちは巻き込まれないようにちょっと遠くで見てましょ」

「遠くでって……」


 視線を上げると、ライアンが向かってくる男達を薙ぎ倒しているところで、足元には白目を剥いて気絶した敗者が転がっている。


「そうね、今は安全なところで待機してよっか」

「それが賢明ね。あっ、あそこにいるのってフィーのとこのボスじゃない?」

「えっ?」


 フィーがそちらへ顔を向けると、男たちを指揮するように立つ初老の男へ、ライアンが適当に放り投げた鉄パイプがちょうど叩き込まれたところだった。


「あー……そうね。なんかこんなにアッサリやられてるのを見ると、これまでのことがあるだけになんだか複雑な気持ちになっちゃう」

「あら? 倒されない方がよかった?」

「ううん。それは絶対にない。ただ、自分にとって恐怖の対象だった人たちがこうも簡単に倒されていくのを見てると、あたしももう少し抵抗したら変わってたのかなあとは思っちゃうかな」

「それはどうかは分かんないわよ。ただ、向こうだってライみたいなのが来るなんて想定してなかったでしょうし。あっ、そうだ。目当ての人ってどんなローブを目深に被ってるんだっけ?」

「そうそう。えーっとそうだなあ、ちょうど出口付近の……あ――ッ!!」


 突然フィーが上げた声に、周りの目がいっせいにこちらに向く。しかし、フィーはそんなこと気にせずに、一点を指差す。


「ライアン! そこ! その人!!」

「そこ?」


 ライアンは振り下ろされた鉄パイプを軽快な動きで避けながら、フィーの指差したところを見遣る。そこでようやくフィーの意図することを理解したのか、「いたぁ!」と叫んだ。


「ライ! 後ろ!」

「わーってる!」


 ライアンは崩れた体勢のまま男を一人蹴り飛ばすと、勢いよく出口に向かって駆けていく。


「あっ! ライ! あれは使っちゃダメよ!」

「それも分かってる!」


 弾丸のように周りを薙ぎ倒しながら向かっていくライアンの姿を眺めながら、イニが悩ましげに首を捻った。


「……本当に分かってるのかしら?」

「えーっと、イニの言ったことの意味をってこと?」

「そっ。返事だけは一丁前の時があるから」

「なんか分かる気がする……イニも大変だね」

「暇はしないけどね」


 二人がそんな会話をしている間に、ライアンはフードの人物の目の前までやってくる。その人物を守るように二人の屈強な男が立っているけれど、ライアンはそんなの見えていないかのような軽快さで、壁を蹴って男たちの頭上を飛び越えてしまう。


「捕まえ……たァ!」


 ライアンがフードに手をかけた瞬間、鋭い痛みが腕を襲った。


「――ッ!?」


 切り傷? 腕にチラリと目をやると、スパッと切れたそこから赤い血がつーっと垂れ始めている。視線の先にはフードを被った人物がこちらに手を向けているだけで、刃物か何かで切りかかられたわけではなさそうだ。じゃあ、この違和感はなんだ?

 すぐ後ろには先程のボディーガードらしき男たちが倒れており、彼らの身体にはいくつもの刃のような何かが刺さっている。傷口からは多量の血が流れ出し、床を濡らしている。この量なら、まず助かることはないだろう。


「ライアン!」

「来るなッ!!」


 ライアンが叫ぶのと同時に、シュッと鋭い音が聞こえる。それを間一髪で避けつつ、ライアンはじっとこちらを見たまま動こうとしない目の前の人物を睨む。


「イニ! フィー! 大丈夫か!?」

「な、なんとか……」


 その言葉を背中で聞き安堵するも、目を離すことはできない。

 ……こいつ今何を? っつーか仲間を傷付けたのか? そこにいるって分かってたのに?


「なぁ、コイツら仲間なんじゃないのかよ? それを――ッ!」

「仲間、だと? こんな虫ケラどもを仲間だと思ったことなど、一度だってないわ」


 聞き覚えのある声に、ライアンの身体がぴくりと反応する。


「その声……やっぱりアンタか」

「なんだね、その言い方だと分かってたように聞こえるぞ、虫ケラ」


 フードを脱いだその姿に、フィーがハッと息を飲んだのが分かった。


「……だと思ったぜ。えーっと……えー……なんだ。名前出てこねぇや。あんた誰だっけ?」

「ムアヘッドだ! 署で会っただろうがッ! 忘れたのか虫ケラ! ……まぁよいわ。虫ケラの知能など所詮その程度ということ。それに、どうせ貴様ら虫ケラごときでワシに勝つことなどできやせんのだからな」

「あ? そんなのやってみなきゃ分かんねぇだろうが」

「いいや、分かるのだよ」


 ムアヘッドはそう言ってニヤッと笑うと、再びライアンに向けて手をかざす。


「奇跡を見るのは初めてか?」

「あ?」

「そうだろうそうだろう。それなら、たっぷり見せてやろう」


 瞬間、ムアヘッドの手にどこからともなく、手の平大の金属片が現れる。


「そんなの卑怯だろ!?」


 ライアンが叫ぶも、ムアヘッドは関係ないとでも言うように、それをライアンに向けて投げつける。ライアンが避けるよりも早く、金属片がライアンの左肩を抉った。


「ライアン!」

「動くな!」


 ライアンが肩から金属片を引き抜くと、鋭い痛みに思わず顔をしかめてしまう。しかし、今し方投げられたそれ自体にそこまでの強度はないようで、力をかければ簡単に曲がってしまうようなモノだ。だが、それがある程度のスピードを保って襲ってくるのだとしたら、一気に話は変わってくる。


「傷はそんなに深くないから気にすんな。今は隠れてろ!」

「虫ケラのクセにカッコつけるじゃないか。だが残念だったな。時間だ」

「……時間だと?」


 ライアンが訊ねるのと、ムアヘッドの後ろの扉が勢いよく開かれるのは同時だった。

 ニヤニヤと笑うムアヘッドを守るかのように、無数の警察たちが屋敷に突入してくる。


「ではな、虫ケラども。まっ、もう会うことはないだろうがね」

「待ちやがれッ!」


 ライアンが飛び掛かろうとするのを、グッと強い力で掴まれる。


「離せよ!」

「離せはしないんだ。カーライルくん」

「な、なんで……なんでよりにもよって、あんたなんだよ!?」


 ライアンの腕を掴んだのは、他ならぬジムだった。後ろでは、フィーの悲鳴が聞こえてくる。


「待てよ、なぁ! フィーを離せ! あいつは被害者なんだぞ!?」

「できない、できないんだ……」

「――――ッ」


 ギリっと奥歯を噛み締めるライアンの腕に、鉄の輪っかが嵌められる。


「こりゃどう言うことだよ。なあ、ジムさん。いや、ロドニー巡査部長?」

「すまない……上からの命令なんだ。本当に、すまない……」

「あぁそうかよ。それがアンタの正義なのか?」

「…………」


 悔しそうに、ただ悔しそうに唇を噛むジムに、ライアンがそれ以上何かを言うことはなかった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?