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1-11 夜明け


 北区の門には衛兵がいたが、憂炎ユーエンを見るなり道を開けた。首席道士ということは彼の顔と着ている道士服ですぐにわかるため、通行するための証も必要ないのだろう。暁玲シャオリンは同行者ということで特になにか訊かれることもなかった。


 そこから東の方へ進んで行き、やがて現れた立派な邸を前に、暁玲シャオリンはぽけ~と棒立ちになってしまう。ここまでくる間にも立派な門付きの邸がいくつもあったが、それに負けず劣らず憂炎ユーエンの実家はかなり立派だった。


 立ち尽くしたままの暁玲シャオリンの手を取り、憂炎ユーエンが邸の中へ入るように促す。


「おかえりなさい、憂炎ユーエン。あら、お客様?」


 灯りが開かれた扉の向こう側からもれ、少しやつれた顔の女性が迎えてくれた。女性は憂炎ユーエンに手を引かれて連れられる形でやって来た暁玲シャオリンをじっと見つめて、それからぱあっと明るい笑顔を浮かべた。


「まあ! 可愛いお嬢さんね! 憂炎ユーエンとはいつから? ああ、こんな所ではなんだから、中へ入ってちょうだい! さあ、さあ」


「え? ああ、はい、おかまいなく、お母様」


お義母様・・・・だなんて! 憂炎ユーエン、あなたってばこういうことはもっと早く言ってくれないと、母さんだって心の準備っていうものがあるんだから」


「····いや、準備もなにも、」


 第一印象の悲壮感のあるやつれた雰囲気とは真逆の、明るく元気でなんだか楽しそうな女性の態度に、暁玲シャオリンは顔も知らない母親のあたたかさを感じた。母親というのは、きっとこういうものなのだろうと微笑ましくさえ思えた····が、いや、ちょっと待った! と彼女が自分に言った台詞を思い起こす。


「あ、あの~、なにか勘違いをされておいででは? 私は、お嬢さんではないです」


「あら、てっきり年下のお嬢さんかと思ったのだけど、お姉さんの間違いだった?」


 いや、そういう意味ではなく。


暁玲シャオリンは道士で、それ以上の関係じゃない。それよりも、母さんに話したいことが、」


 憂炎ユーエンは母親の勘違いに気付いたのか、話を変えようと本来報告しようと思っていた大切なことを結果だけ話した。父親を殺した【怪異】を解決したこと。この手で仇を討ったこと。そして、自分の復讐はこれで終わったのだということを。


 暁玲シャオリンの手を握りしめたまま淡々と語った憂炎ユーエンの、その指先は少しだけ震えていて。なんだか彼の気持ちが伝わってくるようだった。


 夜も遅いから、と空いている部屋で休ませてもらい、明け方近くに憂炎ユーエンと共に邸を後にした。


「では、私は行きます。お布団、すごく気持ちよかったです。お母様も素敵な方でしたが、なによりも憂炎ユーエンさんのおかげで怪我もせずに済みました。これで師父しふに余計な心配をかけずに済みます。本当にありがとうございました」


 眩しい太陽の光が青い空に差し込み、ふたりの間にちょうど光の帯のように何本ものびてきた。


憂炎ユーエンでいい。あんたには借りができた。なにかあれば、俺を頼ってくれてかまわない。これを、あんたにやる」


 差し出すように右手をかざして、暁玲シャオリンに手を出すように促す。首を傾げながら両手を胸の前に開いて、落ちてきた"それ"に視線を落とした。手のひらの上に乗せられているのは、淡い桃色の艶やかな石で作られた睡蓮の形をした玉佩だった。


「悪用したらすぐにわかるからな、」


「ふふ。その時は飛んできてくれますか?」


 冗談だとはわかっていたが、なんだか嬉しくて。


「······暁玲シャオリン、あんたのことは忘れない」


「私も····忘れたくないです」


 はじめてだった。

 あんな風に、師父しふ以外の誰かと一緒に夜を過ごしたのは。報酬以外のなにかを貰ったのも。


 いや、憶えていないだけかもしれない。大切な思い出もすぐに消えてなくなってしまうから。それが嫌で、いつからか日記をつけるようになった。昨夜のことはしっかり記しておかないと!


 しかしこの既視感はいったいなんだろう。誰かと一緒に夜を過ごしたことなどあっただろうか。誰かになにかを貰ったことなどあっただろうか。


 道中、玉佩を見つめながら暁玲シャオリンは何度も首を傾げていた。その答えをひと月後に知ることになろうとは、この時の彼は知る由もなく――――。




~ 第一章 見習い道士と王宮の首席道士 了 ~



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