幼い頃。霊障の影響を受けやすい体質のせいか、なにかに取り憑かれてしまったり、何日も高熱で寝込んでしまうことが多々あった。
それを心配した母が丞相に相談したところ、ひと月だけあるひとの許で修練をすることになった。それが、あの子との出会いのきっかけ。
自分よりも三歳年下のその子は、道士になるために修行中なんだとか。まだ七歳なのに厳しい修行に耐えているなんて、自分とは住むセカイが違うのだろう。
第三皇子として甘やかされて育った
あの体質がここで過ごすことで治るならと期待もしているが、修練っていったいどんなことをするんだろう。
「この方が
「そうですね。その体質は気の流れも関係していそうですから、改善されることを期待しましょう」
「はじめまして、
「はじめまして、です」
「
白髪なのに見た目はそれに反してだいぶ若く、二十代後半くらいの青年のように見えるが、やはりまとっている雰囲気は神秘的。王宮でも稀にみるほどの眉目秀麗な面立ちも、どこか浮世離れしている気がする。
「では
丞相は挨拶もそこそこにして、去って行った。麓で待機させている護衛官や従者たちと共に王宮に戻るのだろう。彼は忙しい身だ。
この山は神聖な場所であり、
「
「は、はい、です」
ぱっと
「
師に対して先に入門した方が師兄、その後で入った方は師弟となる。それくらいは事前に学んでいた。道士には門派というものもあるそうで。そこには年齢や身分などは関係ないということも知った。
「ええっと····では、わたしはなんとお呼びすれば良いですか?」
しかし
それは彼の亜麻色の柔らかそうな髪の毛のせいかもしれないし、そもそもの立ち振る舞いのせいかもしれない。
「
師兄と呼ぶのもなにか違和感があるし、この子もそう呼ばれることに慣れていないようだ。だったら同じ師の許で学ぶ弟子として、同等の存在になるのが良いのかもしれないと思った。
「······
そう確かめるように呟いただけなのに、なんだかこそばゆい気持ちになる。
王宮で自分の名を呼び捨てにするのは、父である皇帝陛下や母、あとはふたりの兄たちくらいだった。ほとんどの者たちが『
だから
(····なんだろう。この変な感覚······まるで、)
まるで、恋でもしているかのような?
(いやいや。だってこの子は、確かにものすごく可愛いらしいけれど男の子!)
それにここに来た目的は自分の厄介な体質を治すためであって、遊びに来たわけではない!
「ふたりとも、修練は明日からにして、今日は探検でもしましょうか」
幼い頃の、ほんのひと月だけの思い出。
忘れることなどない、淡い思い出。
君に送った簪。
時折、夢の中で出逢える君は、あの時のまま。
約束をした。
大人になったら逢いに行くと。
(····れ、ない······忘れたく、ない、のに····、)
ああ····最後に残っていた記憶まで失われていく。もう、なにもない。どうして、こんなことになってしまったのだろう。
青年は王宮内の庭園に立ち尽くしたまま、ぼんやりと佇んでいた。自分が何者かも忘れてしまった。ここから動けない。こうなる以前の記憶が曖昧で、思い出そうとしても靄がかかったようになにも浮かばないのだ。
朝も昼も夜も。
誰も自分に気付かない。声をかけても無視される。触れられない。
(私は、もしかして死んでしまったのか?)
幽鬼になってしまったのだろうか。いや、なったというよりは元々そうだったのかもしれない。わからない、なにも。誰かが気付いてくれるのを待つしかないのか。
ただその場に佇んで、庭園を見つめていた。美しい花々が咲き誇り、よく手入れのされたその庭園。なぜここにいるのかもわからないまま、ただ待ち続ける。
黒髪を高い位置で結び、筒状の銀色の髪留めでまとめている青年は、白い広袖の上衣の上に袖のない衿の形が丸い藍色の長袍をまとっていた。
革製の上質な帯には、皇族の身分を証明する赤い房のついた紐に括られた蓮の形の白い玉佩が揺れていたが、記憶のない青年にとってはただの飾りでしかなかった。
また夜が来る。
これが何度目の夜かも、もう忘れてしまった。