爽快な青は罪を知らない顔で、
「この国は『
亡き母親が教えてくれた、唯一の記憶。献栄国全体に結界が施され、空の色が変わるのはその合図なのだと。満砕は結界が張り替わるたびに、母の教えを思いだす。
「巫子様が真昼を知らせたぞ!」
「昼飯にするか」
村人たちは口々にそう言って、仕事の手を止める。何事もなかったかのように、青空の下では日常が続く。そよ風が麦の穂をなでた。
「満砕、そろそろご飯の時間だよ! 遅れると、また母さんに怒られる!」
立憐は言いつけを守る素直さがある。だが、その顔は台詞に反して、八歳の子どもらしくまだ遊び足りないと言っている。おそらく満砕も同じ顔をしている。立憐は母親に怒られるのを恐れているが、満砕は立憐の母親に怒られ慣れていて怖くはなかった。
手伝いと称して麦の穂をずっと駆け回っていたから、二人の黒髪は熱を帯びていた。うなじに汗が伝う。「巫子の守り」の合図ももちろん気づいていたが、満砕は立憐の手を引いて、再び駆けだそうと足に力を入れた。
「立憐! 満砕! 家に戻るぞ!」
立憐の父親である
満砕の足はぐっと止まり、ふてくされた声で返事をした。立憐は満砕と父親の顔を行ったり来たりさせてから、溌剌と声を響かせた。
汗ばんだ手を放し、麦畑から少し離れた集落に体を向けた。穂先に隠れて見えづらい方向に、二人の集落はある。
「立憐、村まで競走だ!」
「え⁉ 待ってよ、満砕!」
満面の笑みで先頭を走る満砕。それから少し遅れ、立憐は置いていかれないよう必死で追いかける。ほとんど変わらない身長の二人だったが、満砕の足は速く、あっという間に差は開いていく。
村一番俊足の俺について来られるかな、と内心ほくそ笑む満砕だったが、優れた聴覚は風に運ばれてきたすすり泣きを捉えてしまった。
急いで足を急停止させる。辺りに土埃が舞い、速度を押し殺す。やりすぎたか、と思いつつ、ぐるりと体ごと振り向いた。
牛車五つ分離れた後ろに、黒い髪の小さな体が体勢を崩しながら、懸命に足を動かす姿があった。
足を止めている満砕に安堵したのか、それとも悔しかったのか、立憐は口を一文字にきつく結んでいる。ようやく辿りついた立憐の青い目は揺らめいていた。
「ったく、こんなことでいちいち泣くなよ」
「だ、だって、満砕がどんどん先、行っちゃうから」
「競走だって言ったろ? 仕方ないから引っ張ってやるよ。ほら、一緒に行こう」
手を差しだすと、さきほどまで泣きかけていた立憐は一瞬にして笑顔になった。単純なやつだと思う。だが、自分も大差はない。最初から置いていくつもりはなかったと立憐が知ったら、頬をふくらませて怒りそうだと、満砕は心中で含み笑う。
二人は手を握り合い、揃って家路を辿った。