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第143話 脅威 配信世界

「はぁぁぁぁぁもぉぉぉぉぉぉぉほんっとむりぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!」


【今日はマイクがずっとミュートじゃなくて偉いな】

【っていうか何、なに、まじ、なに、これ】

【世界の危機なんじゃね】


『これ』。


 ダンジョン探索の様子を配信することを生業としているDSダンジョンストリーマーたちがいるこの世界にも、『泥の神』の脅威は迫っていた。

 もともと『アマノイワト』のさらに奥を目指していた猫屋敷ねこやしきとピカりは、偶然にもこれに最前線で対応する羽目になってしまっている。


 ダンジョンの奥から次々と溢れ出す、『黒いモンスター』。

 ほとんど津波のような密度のそれを蹴散らしながら、猫屋敷奈々子ななこが半泣きで叫んでいた。


「もうやだ! もう帰る!」

「今帰ると余計なお客さんついてくるけど」

「なんとかしてよ!!!」

「無茶言うな」


【さすがにダンジョンギルドが動いたぞ】

【ええ!? あの金満主義で腰の重い天下り組織が!?】

【石油王の依頼でもあった!?】

【石油王ってなんだよ(困惑)】

【その構文知ってる世代なら知ってんだろ】

【石油っていうのはダンジョンが出現する前まで最も使用されてたエネルギーで、それを自由に出来る超大金持ちが石油王だぞ】

【解説しとる場合かァー!】


「お前ら平常運転で安心する」

「ねぇピカり! コメントに反応してないでどうにかしてよ!」

「相変わらずコメント欄ガン無視だなおめーはよ。たった今『ダンジョンギルドから救援が来る』って話をしてただろうが。つまりあたしらのすることは、あれを蹴散らしつつちょっとずつギルドの救援が入って来れそうな階層まで下がること。OK?」

「奥に行くまで帰れない企画は!?」

「んなこと言ってる場合じゃねーだろ! 馬鹿か!?」


【ピカりの素ギレ助かる】

【相変わらずの猫屋敷で安心した】

【でもそれって、あの黒いのも上がって来るってことでしょ? この二人にはここで戦ってもらった方がいいんじゃ】

【コメントにコメントで返信するのもどうかと思うけど言わせてもらいますね。この二人、人間なんで休息が必要なんですよ】

【だからダンジョンギルドから派遣された探索者が入ってきやすい階層まで上がって、協力体制築くべきって判断】

【普通わかりますよね。頭猫屋敷か?】

【頭猫屋敷で草】


「なんか悪口言われてるんだけど!」

「悪口にだけ反応するのやめろよおめーは。……そういうわけで企画は途中だけど、なんか対処しきれない危機っぽいんでいったん帰りマース。ダンジョンギルドへの情報提供の意味も込めて配信は垂れ流しとくんで、チャンネルはそのまま♡」


【わかった♡】

【がんばって♡】

【っていうかダンジョンギルドの動き、異例の早さだな】

【イメージ的にはどんな世界の危機でも依頼料つきの依頼が来ない限り絶対救援しないっぽい組織なんだが】

【ダンジョンギルドのイメージ悪すぎわろた。いやまあ俺もそう思ってるけど】


(いや、マジでそうだな? ダンジョンギルドとか探索者が稼いだ金かっぱぐしか能のねー追いはぎ組織だろ? 明らかに世界の危機っぽい光景だけど、あたしらの配信見てるだけで自主的に救援寄越すか?)


 ピカりにとってもやはり、ダンジョンギルドはろくでもない中抜き業者というイメージがある。

 ……もちろんピカりは『社会』とか『偉い人』とかにいいイメージを持っていない。そのバイアスもあるだろうけれど、事実を見ても、やはり自主的にダンジョンギルドが誰かを救援した回数というのは、片手で足りる程度しかないのだ。


(この黒い連中、明らかに名無しの神ジョン・ドゥの影響受けたのだよな? まあ、あたしが黒いのに呑まれたり、黒いのがそもそも地上を目指す動きを見せてたりっていう下地はあったにしても……本当にダンジョンギルドの動きが早いな??? なんだろ、誰かダンジョンギルドのお偉いさんの子供でもさらった?)


 今、自分たちが相手にしている、津波のような密度で迫り来る『黒いモンスターども』。

 それは明らかに名無しの神の……眷属だった。かつて最下層のモンスターがそうだったように。自分自身も、そうされたように。その前からちらほらとダンジョン内に出没していたように──あの黒い神はやはり死んでいなくて、また何かろくでもないことをしているに決まっている。


 だからこそピカりは危機感を持っているし、これを『世界の破滅につながること』だと直感している。

 だがダンジョンギルドは現場との危機感の共有が出来ていないことで有名な天下り組織なので、すでに救援が出されたというのは、考えれば考えるほど、フットワークが軽すぎて違和感しかない──


【おじさんだよ~】

【おじさん!】

【新人喰いおじさん!】

【最近あんま出没しなくなったおじさん!】

【出没しなくなった(当社比)】


【救援出さないと日本経済破壊するぞって脅したら快く救援出してくれたんで、ピカりちゃんも奈々子ちゃんももちっと上の階層まで戻っておいで。今のDSのレベルだと四十階層ぐらいに防衛線が置けるから、そんぐらい目安で】


【おじさん何者!?】

【いやまあ石油王級大富豪なのは知ってたが……】

【すべての新人にとりあえずスパチャしてるもんな】


「何!? 怖い!」


【猫屋敷の素直な反応だ】

【実は俺も話を全然理解してなくて猫屋敷みたいな感じ】

【頭猫屋敷だよ】


「よーするに下がろうってこと! おい、行くぞ猫屋敷! 帰宅の時間だ! 走れ!」

「帰っていいの!?」

「四十階層までな!」

「そこは私の家じゃないんだけど!」

「さんざんディと泊まり込みしたからもはや家だろ!」


【お泊り(意味深)】

【ゆうべは おたのしみ でしたね】

【視聴者が泣き叫ぶ猫屋敷をお楽しみだったんだよなあ……】

【思い返してみると死亡遊戯スタイルほんま頭おかしかった】

【当時からずっとおかしい扱いだったぞ】

【なんでブームになったんや……】


「はい競争! よーいドーン!」

「ちょっとピカり! 置いてかないでよ!」


【猫屋敷相変わらず幼女みたいでかわいいな】

【成人年齢18歳だから実はもうじき成人だぞ】

【黙って歩いてたら美人な大人の女なんだけどな……】

【立てばうるさい座ればうるさい。最近の配信は百合の花】

【六割以上うるさいんですが】

【あとピカりと猫屋敷は百合ではないから】

【百合原理主義者だ】


「ちなみに猫屋敷、防衛線構築したらまた奥目指すからな」

「なんで!?」

「明らかにあいつらが『湧いてる』のが奥だからだが?」

「だから、なんで私たちがやるのよ!」

「そりゃお前」


 そりゃお前。

 ……ピカりはここから先の言葉に悩んだ。


 別に、この世界には救いたい人もいないし、世界そのものに感謝もない。

 生み落とされたことに感謝するという素敵マインドはピカりとは無縁のものだ。世界の滅びより大事なことはいくらでもある。大勢の命を救いたいなんて、今もまだ思わない。


 だから、なんで、湧いている場所まで進もうと思うのか?

 それは──


「その方が映えるからに決まってんだろ」


 ──『大軍を掘り進み、原因を根絶する』。

 絶対に映える。


「っていうかそもそも、奥を目指してたわけだし?」

「そんなこと言ってる場合じゃないって言ってなかった!?」

「しらなーい★」

「言ってたって! 絶対! ねぇ! 言ってたよね!?」


【俺のログには何もないな】

【俺のログにもない(すまない猫屋敷。ピカりに人質をとられてて)】

【実際、本当に奥に原因があるなら、この二人以上に適任なDSいないしな】

【じゃあこのまま奥に進んでもらった方がよくね?】

【頭猫屋敷】

【防衛線の形成までに近寄って来るモンスターを蹴散らす役割がいるでしょ。あとギルドが動いたってことはいったん接触したら装備とか食料のバックアップ受けられるし、休憩もした方がいい】

【サンキュー解説兄貴】


「そういうことなんで、いったん四十階層(我が家)に戻って支度しまーす。引き続きこの問題を解決するために活動するんで、チャンネル登録、高評価、拡散、スパチャよろしくね♡」

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