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第10話

「ねぇねぇ、明日ここ行ってみようよ、浅草未来街! ちょうど明日からオープンだって言うしさ!」


 咲良の家で紅歌と共に女子会を楽しんでいた奈留は、自身のスマホにブラウザアプリで表示したホームページを二人に見せてはしゃいでいた。

 浅草未来街――それは明日日曜日に開業する、区域面積十ヘクタールにも及ぶ大型複合施設。「歴史文化と共存するモダン」をコンセプトとした近未来的なデザインに凝った街並みで、水族館や映画館を始めとした文化施設に様々な商業施設、ホテルやオフィスビルなどが集積した「再設計された東京の中心」を謳う今最も注目されている場所であった。


「えぇ……、嫌だよそんな混みまくりそうな場所。なんでわざわざオープン初日に行かなきゃいけないんだ。もっと落ち着いてから行けばいいじゃんか。そこそこ気軽に行ける距離なんだしさ」


 きらきらと目を輝かせる奈留とは対照的に、詰め寄られている紅歌は白けた目を向けていた。


「奈留って結構ミーハーだよね〜」


 自分のスマホで浅草未来街について調べ始めた咲良も、それほど乗り気ではないようだ。

 しかし頭っから否定するというわけでもなく、ふんふんとスマホに向かって瞳を上下させている。


「うーん、二人とも温度感低いなぁ」


 友人二人の反応が不満だったのか、眉尻を下げて呟く奈留。温度感が低いとは余り聞き慣れない言い回しだったが、彼女にとってそれが世の中に存在する言葉かどうかはあまり重要ではない。


「もっと興味持とうよ! 初日に行くから意味があるんだよ! 例え数軒しか店を回れなくたっていいじゃんか! せっかく東京に住んでるんだからもっと新しいものに自分から触れに行かないと!」

「あっつ……。大人しい癖に元気だなぁ奈留は。変な奴」

「紅歌ちゃんが女子高生として枯れてるだけだよ!」

「無礼者ちゃんめ……」


 紅歌から投げつけられる好戦的な視線にも動じること無く、奈留は自らの主張を続ける。この辺りは長い付き合いの友人だからこその空気感と言うこともできるのだろうか。単純な言葉の応酬では両者一歩も引く様子が無い。


「大体、まだ病み上がりの咲良をそんな疲れそうな場所に連れて行くつもりかよ。次の日学校なんだぞ。やだねったらやだね」


 普段は紅歌の方が極論を好むことが多い二人。しかし今日は彼女の方が常識的だった。というよりも、彼女の主張を後押ししてくれる常識的な理由がたまたま近くに転がっていた。

 友人の体調に対する配慮を持ち出されてしまっては、流石の奈留も引き下がるしかない。「ぐ、ぐぬぬ」という声にならない呻きが口から漏れている。

 しかし――


「――えっ? 私なら大丈夫だよ。風邪はもう治ったし、三日くらい家の中にいたから明日はぱーっと遊びたい気分かな」


 当の咲良が前提をひっくり返すようなことを言って、議論は僅かに巻き戻って続行される。


「紅歌ちゃん! 咲良ちゃん大丈夫だって!」

「だーもう、分かったよ、うるさいな! そんなに行きたいなら付き合うよ面倒くせぇ!」


 そして紅歌にとっては、こんなことでいつまでも言い合うのも体力の浪費と思えてならなかった。大人しい癖に頑固なところもある友人のことはよく知っていたので、彼女を言い負かすのに必要な労力も紅歌には正確に分かっていたのだ。一番の手札であった「咲良の体調」が不発となっては、サレンダーもやむなしであった。


「よっし、咲良ちゃんもそれでいい?」

「うん。私は別にどこでも楽しいし」


 間に「二人となら」と挟めばより過不足無い台詞ではあったが、咲良はわざわざそんな恥ずかしい真似をせずに笑顔で奈留へ頷いた。


「じゃあ決まりだね! 明日八時にメトロの浅草駅でいい?」

「よくねぇよ店開いてねぇよ馬鹿か」

「馬鹿とはなんだよ口が悪い! オープン初日で混みまくりそうって言ったのは紅歌ちゃんだよ! 早めにいってスタンバらないと!」

「とはいえ何時間も待ちたくねぇよ……。もうさぁ、午後の適当な時間にちょろっと行けばいいじゃん。それで雰囲気だけ味わって帰ればいいじゃん」

「何がいいじゃんだよ良くないって言ってるんだよ! 出てくる意見が全部枯れてるんだよ! もっと瑞々しく生きようよ!」

「まあまあ……。開店時間の三十分前くらいを目掛けて行けばいいんじゃない? どうせ色々と待ち時間は発生するんだろうし」

「――こういう建設的な意見を求めてたんだよ私は!」

「うるさ……。もういいや、咲良、後は任せる。終わったら決定事項だけ教えてくれ……」

「話し合いに参加しようとしない、そういう姿勢、私傷つきます!」

「……。めんどくせぇ……。なんでこいつ私の友達なんだろ……」


 そんなかしましいやり取りを経て、女子高生三人の翌日の予定が決まっていく。

 まさかその目的地を舞台に恐ろしい陰謀が計画されていることなど、誰にも知る由は無かったし考えもしなかった。

 それが至極当然というものだ。

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